インタビュー
2017年3月号掲載
『不発弾』刊行記念インタビュー
「バブル」ブームの正体は予防策? 損失爆弾の連続着火が始まった
巨大電機企業、消滅か――!?
相場英雄氏の新作『不発弾』は、警視庁捜査二課の小堀秀明が、「不適切会計」という言葉に疑問を持つところから始まる。折しも某有名電機企業の粉飾決算が取り沙汰される中、一年以上前からこの状況を予測し小説に書いていた相場氏は、いま何を語るのか。
対象書籍名:『不発弾』
対象著者:相場英雄
対象書籍ISBN:978-4-10-121471-9
――『不発弾』は、二〇一五年末から「小説新潮」で連載が始まりました。主人公の一人、警視庁若手キャリアの小堀は、日本有数の巨大電機企業・三田電機に背任行為の疑いアリと目を付けますが、連載開始当初から「粉飾決算」「原発事業での巨額の損失」「上場廃止の危機」など、まるで一年後の今日のニュースを知っていたかのようなエピソードが並びます。
相場 僕も小堀と同じで、二〇一五年春のニュースを見ながら、「不適切会計」という言葉の意味が分からなかった。これが粉飾じゃなかったら、いったい何が粉飾なんだ......って、この憤りが出発点です。マスコミが「不適切会計」っていう穏便な言葉を使っていることに、ものすごく違和感がありました。作家になる前は通信社の経済担当記者でしたから、その時のクセで、この事件の裏にはきっといろいろな大人の事情が絡んでいるに違いないと思ったんです。調べてみると、まぁ、出るわ出るわ(笑)。渦中の某社があらゆる手段を使って損失を誤魔化していることは、記者たちは知っていたと思うのですが、その当時は記事に書けなかった。それでも「この箱は、開けると大変なことになるよ」という噂を方々で聞きました。まさか、刊行のタイミングで事件がここまで大きくなるとは思っていませんでしたが......。
――粉飾決算問題に加えて、米国の原発事業での数千億円規模の巨額損失が取り沙汰されています。
相場 ある時期、あの会社だけでなくいくつかの日本企業が、本業とはあまり関係のない海外の企業を異常な高値で買収するニュースが続いたことがありました。例えば、専門家から見たら資産価値が50億円ぐらいの会社を、800億円で買ってしまう。そのときに「なんでだろう」と疑問に思って調べてきたネタやデータが、今回の物語のベースになっています。
――企業買収が巨額の粉飾決算にどのように関係してくるのか。この作品には、華麗な粉飾テクニックを駆使する、もう一人の主人公が登場します。
相場 古賀といういかがわしい金融商品を仲介しまくる金融コンサルタントです。彼のモデルは実在しませんが、同じ手法を使って、バブル崩壊で膨らんだ負債を海外に飛ばしていた企業がたくさんありました。金融機関を含めて、そういう企業を専任で取材していたのですが、取材すればするほど、大量の内容証明がじゃんじゃん来るし、会社の広告部門からはブーブー文句言われるし......で散々な目に遭いました。ネタの宝の山があって、そこに「突撃!」って突っ込んでいったら誰もついて来なくて、さらには後ろから撃たれた――という感じ。それでも出てしまった以上後には引けないから、背中に刺さった矢を自分で抜きつつ、泣きながら取材をしていましたね。きっと僕、大仁田厚よりも背中の傷は多いですよ、ファイヤー!(笑)
――真相に近すぎて、逆に警戒されてしまったという。
相場 あるとき、当時の経済部長に呼び出されました。忘れもしません、午前二時ぐらいの新橋のガード下の居酒屋。ちょうどその時、他社が書かないスクープを連発していたので、褒めてもらえるのかと思ったら、「君のネタ元は誰なんだ」と詰め寄られて......その時に、組織の中で取材を続けることの限界を感じてしまいました。そこから独立を考え始めたわけですが、この件に関しては、電話帳五冊分ぐらいの資料がどっさりあったので、今回活かすことができました。この作品は、僕の経済記者としてのけじめなんですよ。
――十五年以上にわたる取材の集大成ということですね。金融コンサルタントの古賀は、バブル直前に証券会社に入社し、その後の波乱の金融業界を生き延びたプロフェッショナルとして描かれています。古賀だけでなく、古賀の師匠といえる証券マンの中野、財テクに奔走する大企業の役員、「にぎり」を強要する地方金融機関の理事長など、バブルという時代を背景に、アクの強いキャラクターたちが活躍します。
相場 最近、バブルを懐かしむだけじゃなくて、いかにあの時代が狂っていたかをよく考えるんですよ。今回の「不適切会計」に限らず、不可解な事件をたどると、どうしてもバブルに行き着く。そこから日本経済、ひいては日本企業の経営者のマインドがどうやっておかしくなったのかを紐解いていかなくては、この問題に説明がつかないと思ったんです。
――相場さんにとって、バブルの一番の思い出は?
相場 八九年の十二月三十日に「日経平均株価史上最高値」という最初のテロップを打ったのは僕なんです。その年に通信社に入社して、当時の仕事はキーパンチャーでした。あの頃は本当に、世の中の全員が地面から足が浮いている感じでした。財テクと称して、企業が本業以外のところに金を突っ込むのが当たり前、やらないとおかしいというような風潮があって、それをメディアが必死になって煽ったわけです。そうすれば、広告が取れるから。そういう僕も、その後記者になってから「投資信託すべし」という内容の記事を何度も書いていたので、自戒をこめて言いますが。その後バブルが弾けて、どの会社も後始末に追われました。高度な専門技術を持った堅実なメーカーが、いきなり巨額の特損(特別損失)を出す......なんて事件が続くようになった。取材をしてみると、有名銀行が財テクを盛んに勧めたのが原因だったりする。モラルなんて関係なく、金を持ってこれるところならどこからでも持ってくる。そういう時代だったんです。九五年から経済部の記者になって、初めての記者会見が大和銀行ニューヨーク支店での巨額損失事件でした。大和銀行(現りそな銀行)のトレーダーが、国債取引で出した1100億円の損失を十年以上隠し続けていた。当時は相当なスキャンダルでしたが、今考えると、あの時点で腹をくくって都合の悪いことを表面化させたのは、すごく適切な判断だったと思うんです。それができなかった企業が、今でも負債を膨らませ続けている。某電機企業みたいに、いつ爆発するか分かったものじゃないですよ。
――永野健二さんの『バブル:日本迷走の原点』をはじめ、バブル関連書籍が注目されています。
相場 まだ世の中に「たくさんのお金を溶かしてしまった」という後悔と反省が残っているんですよ。普通に考えれば、お金は溶けてなくなるものじゃない。でも、バブル期には国をあげてお金を溶かしてしまった。そこから目を背けてツケに回してしまうと、法外な金利がついてしまうわけです。僕も先週、新地のクラブで結構なお金を溶かしましたが、ちゃんとすぐに経理に計上しましたよ。マネージャーにものすごく叱られましたけど(笑)。いま、バブルに関心が集まっているのは、もう一回バブルが来そうな気配があるからではないでしょうか。華やかでキラキラした時代が来るという意味ではなく、中国がらみの景気がそろそろ弾ける雰囲気が出ている。それに備えるための予防策というか、危機感からあの時代を振り返ろうとしている人が多いのだと思います。あの電機企業だって、本当は石橋を叩いて壊しちゃうくらいの堅実な会社だったはずです。そこに国の金融政策とか社内の派閥争いとか、さまざまな要素が重なってあんなことになってしまった。誰か明らかな悪者がいたわけではなくて、時代の潮目が変わったときに、いきなり悪者にされてしまった人がいたというだけの話。兜町の記者を長くやっていたので、バブル時代の生き証人をいっぱい知っています。小説に書いたように、何事もなかったように切り抜けた人もいれば、刑事被告人になってしまった人もいる。やってきたことに関して言えば、両者に大きな差はないと思うんです。だから僕は、この話を勧善懲悪の物語にしませんでした。大手電機企業の経営者も、怪しげな金融コンサルタントも、あくまで普通の人、読者の皆さんと同じくまじめな仕事人として書きました。しかし、小説の中の小堀のセリフではないですが、一個人では犯罪となるような行為が大企業だと許されてしまう......やっぱり、それは許せないと思っています。
――結局、相場さんのネタ元は、どんな人だったのですか。
相場 はい、何人かいましたが、一番ディープな情報をくれたのは、いかがわしい金融商品を売っていた側の人たちなんですよ。内部告発です。あるネタ元からは、六本木のカラオケボックスで五時間ほど話を聞きました。もちろん一曲も歌いませんよ。カラオケは防音設備がしっかりしているので、取材にはうってつけなんです。彼に、何故話をしてくれたのかと聞くと、「もう、こういうことは止めなきゃいけないから」と。使命感から告発してくれていたわけです。――でも、全然そこで終わらなかった。現在進行形の案件が、まだまだ日本全国に数え切れないほどあります。
――どうして、いつ爆発するかわからないような「不発弾」を日本経済は抱え込んでしまったのでしょうか。
相場 日本人は、やっぱり隠蔽体質なんですよね。都合の悪いものは、隠してしまおうという。直接そういった案件にかかわっている人たちは一サラリーマンなので、異動などで順送りになると、負債はどんどん膨らんでしまいます。このまま放置すれば、日本経済が終わってしまうような規模の大事件になってしまう。僕の知り合いのフリージャーナリストが、普段はいい加減な奴ですが、飲むとまじめに語るんです。「日本のジャーナリズムは腐っているから、だから俺は細々とでも書くんだ」って。偉いなと思います。
――一人ひとりの心の中に、かろうじて希望は残っているということですね。
相場 とはいえ、今回の粉飾決算が表沙汰になったのは、どうも派閥争いが原因みたいですけどね。敵対勢力を貶めるための内部告発だったはずが、結果的に全体の首を絞めちゃったという......。
――全然希望がない......。
相場 すいません、身も蓋もなかったですね(笑)。
あいば・ひでお1967年新潟県生まれ。2005年『デフォルト 債務不履行』で第二回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞しデビュー。『震える牛』『ガラパゴス』など、社会問題に切り込む話題作を次々と発表している。