書評
2017年5月号掲載
泣けた、笑えた六倍明朝
――増田俊也『北海タイムス物語』
対象書籍名:『北海タイムス物語』
対象著者:増田俊也
対象書籍ISBN:978-4-10-127814-8
アカデミー賞から芥川・直木賞まで、洋の東西を問わず賞の贈呈式の挨拶には定番がある。「賞は自分だけの力ではありません。多くの人のお蔭です」。その通りだろう。助演なくして主演は光らず、カメラマン、音響、衣装係など裏方がいなければ、どんなすごい映画だって生まれない。
とはいえこの世には、陽の当たる仕事と縁の下の力持ちがいる。警察小説では刑事が活躍し、新聞記者ものでは事件記者が主役になる。事件の謎解きあり、追いつ追われつ手に汗握る展開があり、主人公は八面六臂――。結果として裏方には日が当たらない。哀しい現実、淋しい常識である。
しかし、常識を覆すのが真のニュース、優れたフィクションだ。元記者である増田俊也氏の小説「北海タイムス物語」は、かつて北の大地に実在した新聞社の整理部という、日の当たらない内勤職場を舞台にした、いっけん地味ながら、「みなさんのお蔭です」という思いが文字通り伝わる熱いお仕事小説、業界小説であり、青春小説である。
整理部は、政治部や社会部の記者が書いた原稿のニュース性を判断し、見出しをつけ、紙面レイアウトをして新聞という商品にする編集局の心臓部。ではあるものの、夜討ち朝駆けし、スクープを狙う一線記者の派手さはなく、入社早々に整理部に配属された野々村巡洋はくさってしまう。しかもかつては北海道新聞と並ぶ名門だった北海タイムスは、部数減が止まらず落日の一途、仕事量が多いのに給料は普通以下の以下で、むちゃくちゃ安い。やってられるか!
それでも、ニュースに待ったはない。野々村は社会面整理の助手として月月火水木金金、夕刊帯から朝刊帯まで一日中、締め切り時間に追われまくる。技術もなければ教養、体力もない。必死に考えた見出しも、上司から両手で丸められ、ゴミ箱にポイ。非力、無力、脱力......。力はすべてマイナスに働き、おまけに失恋までして心はどん底だ。
希望しない職場に配属された新人君、慣れない仕事に戸惑っている新人さんにとって、小説の前半は、わかる、わかる、の連続だろう。記者も、読売新聞で五年間支局生活をしてから三年間、昭和が平成に変わる時期に整理部でよく愛のムチを受けていたから本当に身にしみた。
だが、新入社員諸君! 落胆するのは早過ぎる。「仕事っていうのはな、恋愛と同じなんだ。(略)おまえから抱きしめないかぎり、仕事の方もおまえを見てくれないぞ」と小説の上司が語るように、好きになると面白くなり、工夫をしたくなる、それが仕事だ。
整理部の仕事だって奥が深い。より正確にわかりやすく、面白い記事にするために、社会部など出稿部のデスクと渡り合い、時に丁々発止とやり合う。制作部門から印刷まで、紙面作りに携わる様々な部署と連絡、調整もする。つまり社外でネタ基に取材する代わりに、社内の各セクションに取材し、新聞の完成品をつくる扇の要の位置にいるのだ。
そんな地味で凄い仕事の面白さと新聞人の喜怒哀楽を、著者は、悠々として急ぎながら、遊び心をもって大胆かつ繊細に描き、主人公の心を少しずつプラスに変えていく。仕事に厳しい先輩からのマンツーマン指導を受ける場面では、「初心忘るべからず」と襟を正した。ラストで野々村記者が、社会部や印刷、制作など職場仲間の声援を受けながら、一人で社会面の紙面設計する場面は圧巻、涙なくしては読めなかった。
著者は北海道大学中退後、一九八九年に北海タイムスに入社、整理部などを経て中日新聞に転職し、報道部の記者となり、「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で二〇一二年、大宅壮一ノンフィクション賞を受けた。受賞作は、有名な格闘家の知られざる生涯を追う、これぞ傑作ノンフィクションだったが、一転してマイナーな職場を題材にした本書では、整理記者時代の経験を存分に生かしている。
整理の仕事は、本書にもあるようによくコックに例えられる。記者の取ってきた新鮮なネタをいかにおいしく料理して客に出すのか、その力量と職人技が試されるからだ。地味なニュースでも、読ませる新聞にするのが整理のプロなのだ。整理という裏方仕事をネタに、新聞づくりの面白さ、みんなで一つのものを作り上げることの喜びを小説にした著者は、まさに名整理。下積み時代の苦労を見事に花開かせた。
重大ニュースのとき、新聞では見出しに白地ベタ黒の凸版と倍数の大きな活字を使う。この物語は、「裏方だってすごい! 白地ベタ黒凸版、泣けた、笑えた六倍明朝」です。
(うかい・てつお 読売新聞文化部編集委員)