書評

2017年5月号掲載

効率のいい「うまいもの」とは?

成毛眞『コスパ飯』

成毛眞

対象書籍名:『コスパ飯』
対象著者:成毛眞
対象書籍ISBN:978-4-10-610714-6

 自分の家が好きだ。皆そうだろう。気楽だし、好きなこと・ものに好きなだけ没頭できる。さらに言うと、私は家で食べること・ものが大好きだ。
 大学卒業後、昼食は外食ランチ、夜は同僚と一杯または接待、のサラリーマン時代を経験した。日本マイクロソフトにもいたことがある。ここでは10年ほど代表取締役社長を務め、立場上、接待をする機会も多かった。当時、マイクロソフト全子会社の中で、日本がダントツの交際費を計上していた。あの頃、ミシュラン日本版があったら必ず星が付くだろう店にはほとんど行った。実は私の接待必殺技として、自分が吟味した店を選んで、接待らしからぬハシゴをする手法がある。会合を相手に印象付ける絶大な効果があるのだ。
 和・洋・中の高級料理や高価な珍味の類も、公私を通してほぼ食べたと思う。しかし気づいたのは、私はリラックスできないと本当にうまいと感じないという事実だった。有名店は高い確率で、少なからずかしこまる必要を迫られるのには慣れたつもりだった。が、ダメだった。したがって行きつけになるのは、たとえ有名店でも気が抜ける店になる。接待必殺技でもそうした場所を選ぶ。
 しかし、寛げる指数ナンバー1は断然、自分の家だ。「あの味」を家で食べられれば言うことはない。幸い、妻は元々料理が達者だ。会合で美味しかった店には後日同行する。初めての店を試す同志にもなってもらう。その時、素材や調理法などを店の人に取材する。そうして家で再現する試行錯誤に、一緒に挑んでもらうのだ。必要な調味料など材料の情報はネットで絞り込み、種類が多ければ通販で総当たりしてコレと決める。実際に作って食し、もっとこうすれば、ああすればを繰り返す。やがてウチの定番の味が出来上がる。
 一連の作業は一種の楽しみとなり、我が家の習慣になった。凝った料理ばかりではない。日常の食事は「効率よくうまいもの」を信条に工夫する。TKGこと卵かけご飯、昼食のそば、毎日のサラダ、お手軽松茸ご飯などにも定番に仕上げるちょっとした作業を施す。派生してストックに値するインスタント/レトルト食品も絞り込み、さらに美味しく食べるひと手間を考察したりする。こうして出来たレシピは、来客時も大活躍だ。
 ある日、SNS上で「そういえば、我が家特製の安い素材で簡単でクソ旨いレシピっていっぱいあるんだよなあ。こんど写真撮ってどっかに連載持ち込もうかな......」と何気なく投稿した。すると「はい! はいっ!」と手を上げた酔狂な版元から本書が刊行されることになった。巻末には「食」に関する名著も紹介する。それにしてもまさか本当に食べ物の本を出すとは思わなかった。
 読まなきゃ損とまでは言わない。ただ、空腹時や夜中に読まない方がいいことは言っておきます。

 (なるけ・まこと HONZ代表)

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