書評
2017年6月号掲載
奇想を育むためにも、もっと史実を
荒山徹『秘伝・日本史解読術』
対象書籍名:『秘伝・日本史解読術』
対象著者:荒山徹
対象書籍ISBN:978-4-10-610716-0
ずっと「伝奇時代小説」という特殊ジャンルで書いて参りましたが、初めて歴史指南、歴史時代小説指南めいた本を出すことになりました。
わたしの伝奇時代小説といったら、まず朝鮮柳生であり、妖術師や怪獣が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)し、徳川家康の影武者が文禄の役の韓人捕虜であったり、シスコンの柳生十兵衛がエロな夢を見て夢精し褌(ふんどし)を汚したり、敵剣士のペニスを瞬時に三段切りにしてダンゴ三兄弟のように串刺しにしたり――と、そんな荒唐無稽で顰蹙(ひんしゅく)もの。良識ある読者にはやりすぎと眉をひそめられ、疎んじられる作品ばかりですので、今回の新書も愛読者の方々におかれましては非常な期待をお寄せくださっているものと拝察いたします。タイトルに「秘伝」の二文字が入っているからにはなおのことでしょう。
けれども、まことに申しわけないのですが、そのような持ち味は構えて慎みました。日本史を学び、歴史時代小説をより楽しむためには、どんな方法があるのかというメソッドを極めてまじめに開陳した内容だからです。けっ、伝奇を売り物にしているような野郎が、そのようなものを書けるはずがない、読むに値しねえ、ネタなくして何が荒山徹ぞ、という声には敢えてこう反論いたしましょう。
伝奇時代小説は一見すると史実から遊離して奔放な面白さを紡いでいるかに見えて、その実、史実と表裏一体なのであり、史実の厳しい掣肘(せいちゅう)、制約、拘束、羈絆(きはん)を受けています。史料と史料の間の矛盾が奇想を生み出し、その奇想がどれほど荒唐無稽に展開しようとも、最終的には史実に着地し、還元、終熄する――というのが正しい伝奇時代小説です。史実という花壇に発芽し、妖しく咲き誇る奇想の花なのです。
奇想を育むためには史実という土壌の手入れが欠かせません。そのようなわけで、長らく歴史に苦手意識を持っていたわたしですが、史実の庭師となって丹精を尽くすうち、気がつくと「歴史って面白いよ。こんな学び方があるんだよ」と少しは人さまに語れるようになっていました。その一端を臆面もなく披瀝することにしたのが今回の新書です。歴史はどうしたら効率よく、しかも面白く学べるのかの技術や、そうして得た「背景知識」で読みなおす歴史時代小説の新しい楽しみ方などをつづりました。歴史教育、歴史認識などについても歯に衣着せず書きました。
就中(なかんずく)、特筆すべきは、解説をほどこした歴史時代小説の名作を縄文から幕末まで年代順に配置したことで日本史の流れがイッパツで概観できるようになった工夫でしょうか。未曾有、かつてこのような本は無かったと自負するものです。歴史好きが一人でも多く増えてほしい、歴史小説の愛読者、ひいては伝奇時代小説の愛読者も――その一心で書きつづけました。どうぞ宜しくお願い申し上げます。
(あらやま・とおる 作家)