書評
2017年6月号掲載
中毒必至の緻密さがもたらす濃厚なスリル
――古野まほろ『新任刑事』
対象書籍名:『新任刑事』
対象著者:古野まほろ
対象書籍ISBN:978-4-10-100473-0/978-4-10-100474-7
古野まほろ――『天帝のはしたなき果実』という、斬首死体やら暗号やら七不思議やらを詰め込んだ学園ミステリ巨篇(というかそれを超越したもの)でメフィスト賞を受賞し、二〇〇七年にデビューした作家である。その後、この作品をシリーズ化しつつ、様々な他のシリーズ作品や、『池袋カジノ特区 UNOで七億取り返せ同盟』(文庫化に際してこう改題)などのノンシリーズ作品を精力的に執筆してきた。
そんな彼が、男女二人の新人の巡査を主役に据えたミステリを発表したのは、二〇一六年のこと。『新任巡査』と題されたその長篇は、とにかくとことん克明に巡査の姿を描いた類例のない一冊であった。その克明ぶりは新人巡査の一日(大きな事件には遭遇せず、交番勤務をしている一日だ)を三〇〇頁以上も費やして語るという程だ。その一日の描写が終わった段階で本のほぼ七割まで進んでしまう異常な構成の一冊だが、そこに記された警察知識の質と量に、そしてそれを新任巡査と先輩たちとのやりとりなどを通じて読者に的確に伝えていく手腕の巧みさに心をグイと掴まれ、夢中になって読まされてしまう(さらに物語がそこからミステリに化けていく醍醐味も堪能できる)。
古野まほろは、何故これだけ警察のことを深く詳細に知っているのか。答えはシンプルで、彼はかつて警察の一員だったのだ。東大法学部からフランス留学を経ての警察入り。いわゆるキャリア組で、交番勤務経験もあれば警察大学校での主任教授経験もある。そんな経歴の人物が、その知識と経験を解き放って著したミステリが『新任巡査』だったのだ。
いささか前置きが長くなったが、いよいよ本書『新任刑事』である。前作とスタイルは重なるが、内容は独立している。前回同様、男女二人の同期生が活躍する物語で、主な視点人物は、男性の新任刑事、二八歳の原田貢である。
原田貢は、愛予県の筆頭署である愛予警察署の刑事第一課強行係に抜擢された。愛予で起きた大事件――愛予県の重要人物を死に追いやって指名手配された渡部美彌子の事件――が三ヵ月後に時効を迎えようとしているタイミングでの異動だった。強行係で彼は、警察学校の同期であり、現在は貢より出世して巡査部長の地位に就いている上内亜梨子(ありす)の下で、渡部美彌子事件の捜査を含む刑事として活動を始めることとなる。初日はまず、首吊り事件の捜査だった......。
首吊り事件の現場で彼がたたき込まれたのは、そう、事件性の判断という基礎であり、また、死体見分報告書をはじめとする書類の書き方であり、そこに書くべき内容を把握するための刑事としての観察の重要性であった。『上から下へ』『毛髪から爪先まで』、あるいは『失禁・脱糞・漏精』や『直腸温測定』などなど。警察署に戻ってからも学習は続き、さらに溺死事件や放火事件に駆り出されたりもする。そしてそのたびに大先輩たちやアリスから、数々のことを学び、それを通じて、観察すること、観ようとする気持ちの大切さを知るのだ。こうした刑事の現場における学びの緻密な描写は、まさに『新任巡査』で味わった興奮と共通する。古野まほろの警察ミステリに読者が期待する魅力は、期待通りのかたちで(数々の捜査関係書類の形式や、そこで使われる言葉遣いの専門性など、読者の知識をはるかに凌駕するという期待通りのかたちで)、この小説に宿っているのだ。
そうやって貢の成長を綴る本書は、徐々に渡部美彌子事件の真相究明へと軸足を移していく。一〇年前に一体何があったのか。愛予県で目撃された渡部美彌子に似た女性とは何者なのか。貢たちの捜査もやはり徹底的に緻密に描写され、その進展と同時に時効を巡るタイムリミットのサスペンスも増していく。そこに、警察の組織の問題(例えば組織の相違や、それと密に関連する出世や保身の意識)が絡み、捜査を思うように進められないもどかしさが募る......。
いやはや実にスリリングだ。不思議なもので、序盤は緻密さを魅力と感じつつも、読み進むにつれ緻密さに慣れ、結果として緻密さが生み出す濃厚なスリルを自然体で堪能できるようになっている。それが故に、結末で明かされるいかにもミステリらしい真相と驚愕を満喫できるのだ。
古野まほろの『新任刑事』。中毒必至である。
(むらかみ・たかし 書評家)