書評

2017年6月号掲載

新潮選書フェア新刊 著者が語る

もっと長い目で見ませんか?

西成活裕『逆説の法則』

西成活裕

対象書籍名:『逆説の法則』
対象著者:西成活裕
対象書籍ISBN:978-4-10-603809-9

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 最近、会話を「昔は」から始めることが多くなった。どうしても昔の良い点と現状とを比べてしまうのだ。将来、老害となって若者に迷惑をかけたくはないので、大抵のことは文句を言わずに新しいものを受け入れるようにしている。がここ十年以上、どう考えても以前と比べておかしくなっているように感じていることがある。それをあえて声をあげて言った方がいいのではないかと思い続けていたが、とうとう抑えきれなくなってきて、本書を書き下ろした。
 日本はいま課題が山積みである。大企業の経営不振や格差社会の進行、そして高齢化による社会保障制度の崩壊の不安、また遅れている震災復興などもある。どうしてこうした事態になっているのか。私なりの結論をひと言でいえば、それは「長期的視野の欠如」なのである。
 近年、私たちはどんどん短期的な視野に陥ってしまっている。個人や会社、国家、いずれのレベルでもだ。短期的には問題解決しているように見えるが、それは単なる対症療法でしかない。長期的に見れば大きなマイナスの副作用を生んでしまうことが多く、根本治療に取り組まなかった浅はかさが社会の様々な場面で露呈してしまっているのだ。もちろん長期的視野の重要性を分かっている人もいるのだが、その視点で物事を進めていくのが極めて難しい社会になりつつある。
 それではどうすればよいのだろうか。その答えが、まさに私が「渋滞学」を通じて二十年以上にわたり研究してきた「急がば回れ」にあった。根本的でかつ自然な方法は、逆説的に考えることなのである。あることを達成したければ、今と逆のことをした方が長期的に見て良い場合も多い。これは「損をして得をとれ」といってもいいだろう。
 例えば、会社の利益を上げようとして、多くの工場では装置の稼働率を上げて生産性を高めようとする。しかし実は稼働率はあえて少し下げた方がトータルで見ると利益は高くなるのだ。なぜなら、稼働率が100%近いということは、その装置をメンテナンスする時間もなくなり、装置が故障した場合は工場全体の生産が停止してしまうからだ。
 こうした事例をできるだけ多く科学的に分析し、長期思考の重要性をまとめたものが本書である。どうして逆説的な行為がうまくいくのか、そのロジックを「四つの法則」としてまとめることができた。これらを知っておくことは、今後何か判断に迷った時の助けになると私は確信している。長い目で見て大きなプラスをもたらす選択肢の存在をいつも忘れないでいてほしい、という願いをこめて全力で執筆した。
 新潮選書は今年で五十年を迎えたが、実は私も今年で節目の五十歳であり、不思議な縁を感じている。私の提案が、日本社会の諸問題の根治に少しでも寄与できればと切に願う。

 (にしなり・かつひろ 東京大学先端科学技術研究センター教授、渋滞学者)

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