書評・エッセイ

2017年6月号掲載

今月の新潮文庫

燃え上がる炎の熱さと爆発の威力

――竹宮ゆゆこ『おまえのすべてが燃え上がる』(新潮文庫nex)

高頭佐和子

対象書籍名:『おまえのすべてが燃え上がる』(新潮文庫nex)
対象著者:竹宮ゆゆこ
対象書籍ISBN:978-4-10-180097-4

img_201706_28_1.jpg

 竹宮ゆゆこ氏について語る前に、「新潮文庫nex」の話をしておきたい。今から数年前、ライトノベルと一般小説の中間のような小説が「ライト文芸」「キャラクター小説」などと呼ばれるようになり、二十代から三十代の読者を狙って多くの出版社が新レーベルを立ち上げた。「新潮文庫nex」もその流れに乗って創刊されたレーベルのひとつである。ライトノベルでは既に人気作家だった竹宮氏の『知らない映画のサントラを聴く』も、創刊時に刊行されている。この種の文庫が創刊されると、出版社は「うちの既存の棚は減らさず、他の出版社のキャラクター小説が並んでいるコーナーに、場所を確保してほしい」とアピールをしてくる。新しい読者を獲得できるところに、棚を確保したいのは当然のことだと思うが「新潮文庫nex」だけはなぜか違った。
「既存の新潮文庫の中に混ぜてください」と言うのだ。「クラシックな文庫と並べると違和感あると思いますよ」と言ってみたが、「それでいい」と言う。こういう小説を買いにくる読者に、従来の文庫も手にしてもらうための作戦なのだろうと当時は思っていたのだが、実は、これには別の意味もあったのではないだろうか。固定読者がついている「キャラクター小説」であるが、そういうジャンルには関心を持たない読者も多い。そういう読者に、竹宮ゆゆこという稀有な才能を持つ作家の存在をじわじわと知らしめるための作戦だったのではないか。新作『おまえのすべてが燃え上がる』を読み終わった今、私はそう確信している。
 安楽な愛人生活を突然に強制終了させられた主人公の信濃(しなの)。キックボクシングジム受付のアルバイトを見つけたものの、生活を支えるほどの収入はない。励ましてくれる友人も、状況を変えようという強い意思もない。生活の糧に、愛人生活で手に入れたブランドバッグを売っているが、それが尽きたら終了、という破綻寸前の生活を送る信濃の前に、六歳年下の「弟」と二度と会いたくなかった元カレが現れ、単調だった生活が騒がしく変化していく。
 殺意をむき出しにした本妻に追いかけられている最中にも、子供の頃に部屋で爆発した西瓜のことを執拗に思い出す現実逃避ぶり。ブランドバッグと脳内で会話する妄想癖。無神経な元カレを思い続けてしまう不器用な恋心。ダメ女を主人公にしたラブコメ風に、切なくもユーモラスに物語が展開している......と思って気を許すと、次第に主人公の抱えた孤独と闇がくっきりと際立ってきて、気がつくと読んでいる側も追いこまれ、自分の中にある闇を見つめさせられることになる。
 この小説は確かに恋愛小説でありキャラクター小説なのだけれど、そういうふうにジャンルで整理するのはなんだか違う気がする。生きる手段が見つけられず、生きていていい理由も思いつかず、愛を求めても得られず、それでも「誰にも奪われない、本当のおしろがほしい」と強く願う一人の女性の長く苦しい戦いの物語である。そして戦いの後、竹宮氏は読者を想像しなかった場所に連れて行く。まるで爆風に吹き飛ばされたように、意外な地点までたどり着いてしまう。
 竹宮氏は、この作品でも過去の作品でも、居場所を持たない女性を描いている。『知らない映画のサントラを聴く』の主人公であるニート女子は家族から家を追い出されるし、『砕け散るところを見せてあげる』のヒロインは、学校でも家庭でも不安にさらされている。どうしようもない生きづらさを抱えた彼女たちは、どうにか自分の人生を生きようともがく。その不器用な姿から見えてくる生命のきらめきのようなものを著者は丁寧に切実に、そして真摯に描く。

 今から一年ほど前、『砕け散るところを見せてあげる』が刊行された時に、インタビューでタイトルの意味について聞かれた竹宮氏はこんなことを答えている。
「いろんなキャラクターのいろんな気持ちや、人生について考えていることや、将来の展望といったものが砕け散るところを、(著者である)私が見せてあげる、という意味なんですよ」
 こんなふうにタイトルをつける作家って、他にいるんだろうか? これからもその発想に驚かされ、真摯に描かれた女性たちの戦いぶりに心打たれてしまうだろう。竹宮ゆゆこ作品を読まない人はものすごく損をしていると思う。燃え上がる炎の熱さと爆発の威力を、ぜひ体感していただきたい。

 (たかとう・さわこ 書店員)

最新の書評・エッセイ

ページの先頭へ