書評・エッセイ

2017年7月号掲載

「大人を経た子ども」になること

――ラッキィ池田『「思わず見ちゃう」のつくりかた 心をつかむ17の「子ども力」』

齋藤孝

対象書籍名:『「思わず見ちゃう」のつくりかた 心をつかむ17の「子ども力」』
対象著者:ラッキィ池田
対象書籍ISBN:978-4-10-351061-1

 ラッキィ池田さんは、僕がお会いした中でもある意味もっとも「子どもらしい人」です。総合指導しているNHK・Eテレ『にほんごであそぼ』で14年ほど振付けを担当してくださっていますが、ラッキィさん自身が「子ども力」を持っているから、子どもたちが生き生きと踊れるダンスを作れるんです。
 ラッキィさんのダンスは、その場で湧き上がってきたイメージがそのまま動きになっているから、ムリに覚えようとしなくても体が自然に動いて、子どもたちが内側から楽しくなります。いろんなアイディアを詰め込んだ、伝統芸能の一流の人たちが出てくる番組のなかで、素直に真似して踊りたくなるユルさは幼児番組にいちばん大事な「生命感」を出してくれていて、貴重なものなんです。
 ラッキィさん自身も、いつでも柔らかくて上機嫌な人。いつもにこにこしながら頭にじょうろをのっけていて、それがよく似合っています。クリエイティブであることと、子ども的であることが、ラッキィさんの中ではイコールで結ばれている。それを存在自体で示している方なので、この本はラッキィさんがこれまでやってきたこと、自分のなかにあるいちばん大事なことを綴っているんだなと思いました。「子ども力」を広めるにあたって、ラッキィさんほどふさわしい人はいないと思います。
「子ども力」には、周りを気にしすぎないという良さがあります。本には「空気を読まない力」についても書かれていますが、会議などでも、空気を読みすぎて誰も意見を言わないのでは集まる意味がありませんよね。その時、「反対意見を言っても嫌われない人」というのがいて、自分の利益のためではなく、ただ純粋にそう思ったから言っているだけなんだと周りに思わせる人は、貴重な存在になれます。気を遣いすぎて消極的になるところは日本人の弱点ですから、私たちは「大人を弁証法的にくぐり抜けた子ども」を目指すのがいいと思うんです。子どもがあって、その否定が大人だとすれば、正・反・合で「大人を経た子ども」になるということです。
 この本を読むと、ラッキィさんの「子ども力」はダンスだけでなく発想自体から成り立っていて、それはいろんな人からいろんなことを学んで形作られているんだと分かります。毒蝮三太夫さんが永六輔さんに植木市での買い方を教えた話など、一回一回の出来事をちゃんと自分に生かしていて、この本全体がエピソード集になっているんです。読んでいて心に残る話が多く、「『釣りはいらねえからとっといて』って言うのが江戸っ子なんだよ」と、人に喋りたくなりますね。
 僕はこの本に出てくるニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った』が好きで、大学の授業で学生と一緒に読んでいます。そこには「恐れないで自分自身を乗り越えていこう」、最終的には「子どもになろう」と書かれています。子どもには、目的から離れて「自分がやりたいから」何かをやってしまうというばかばかしさがある。たとえば、「口の中にビー玉を何個詰められるか詰めちゃう」とか......。しかしこれが、価値を生み出す根本的な運動なんです。この本の随所にニーチェが出てくるのを見て、「そうか、ラッキィさんは『子ども力』を本能的に身につけているだけでなく、ニーチェも味方につけていたのか」と楽しくなりました。
 たくさんのギャグを生み出した赤塚不二夫さんや、戦後のラジオ放送をおもしろくした永六輔さんなど、この本に書かれている人たちのようなクリエイティブな発想が、現代の仕事には必要だと思います。今の時代は、新しい価値を生み出さないと利益率が上がらない。そのための発想力が必要ですが、頭が固いと今までやってきたことを繰り返してしまうので、一度「子ども力」を爆発させることが必要なんです。
 わくわくする瞬間がある大人は、クリエイティブですよね。でも大人はその素直な気持ちを、練習しないと思い出せません。だから僕は講演会などで、参加者に立ってジャンプをしてもらい、拍手やハイタッチをしてもらうんです。一回体を動かすと、頭も動きやすい。オープンな体からオープンな心が生まれるんですね。
 ラッキィさんがやっていることは、殻ができて重くなっていく心の鎧を、そうやって取るお仕事だと思うんです。(談)

 (さいとう・たかし 明治大学教授)

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