書評・エッセイ

2017年7月号掲載

頭の中でマンガに変身する科学書

――椎名誠『ノミのジャンプと銀河系』(新潮選書)

更科功

対象書籍名:『ノミのジャンプと銀河系』(新潮選書)
対象著者:椎名誠
対象書籍ISBN:978-4-10-603810-5

 私(更科)は夜寝るまえに、マンガを読む。ベッドに横になって、枕もとの明かりをつける。そして上か横を向きながら、マンガを読み始めるのだ。すぐ眠くなることもあるけれど、コミックを何冊も読んでしまうこともある。
 でも、マンガばかり読んでいてもなあ......。ふと、そんなことを考えたある日、私はベッドで小説を読んでみた。ところがどうも落ち着かない。ストーリーは面白いのだが、なんとなくつらい。翌日には、またマンガに戻ってしまった。
 いや、私もベッドのそとでは、マンガ以外の本も読むのだ。ものすごく熱心な読書家というわけではないけれど、まあ人並み以上には本を読むほうだろう。でも、寝るまえはダメ
なのだ。ベッドに上がると、マンガしか読めなくなってし まう。  ところが、ひょんなことで、ベッドで読める本が見つかった。それがこの、『ノミのジャンプと銀河系』だ。理由は、すぐにわかった。この本はマンガではないけれど、でもマンガなのだ。ジャングルをヘビが飛ぶ(!)ところなどを読むと、ジャングルの中を黄色い細長いものが、くねって飛んでいる姿がありありと目に浮かぶ。
 海の中で一・五メートルぐらいあるシャコガイにちょっかいを出したら、シャコガイが殻を閉じた場面もすごい。片方の殻で一〇〇キログラムはありそうな貝がガクッガクッと少しずつ閉まっていくのだ。著者はゾッとしたらしいが、読者だって読んでいるだけで恐ろしい。足でもはさまれたら、もう海面に戻ることはできない。でも最後まで閉じることができず、一〇センチメートルほど隙間を開けたまま、シャコガイの貝殻は止まってしまう。いったい何なのだ。すごい肩透かしだ。思わず声を出して笑ってしまう。
 きっと椎名氏は、読者の頭の中にイメージを作らせるのが得意なのだろう。最近は『マンガでわかる○○』みたいな本がよくあるが、この『ノミのジャンプと銀河系』もそんな本の一つである。ただ、この本の場合、マンガは読者の頭の中に作られるのだけれど。
 そんな頭の中のマンガを読みながら、読者は楽しく科学の世界にいざなわれる。この本は科学書だ。でも、科学書にもいろいろある。進化論で有名なダーウィンはたくさんの本を書いたが、そのなかでも広く知られているのは『種の起源』と『ビーグル号航海記』の二つだ。『ノミのジャンプと銀河系』は、『種の起源』ではなく『ビーグル号航海記』のタイプである。椎名氏のバイタリティあふれる探検のおかげで、この本には地球上の想像を絶する場所や奇妙な生物があふれている。極寒の地、酷暑の地、海、ジャングル、砂漠など、地球上のさまざまな場所が、科学的な視点で生き生きと描きだされている。
 シベリアにあるヤクーツクの空港に、旅客機が着陸した。ところが二〇分ぐらい待っても、ドアが開かない。実はシベリアの上空を飛ぶと、飛行機の外側は凍りついてしまう。ドアと機体が一体化して凍結してしまうので、着陸してからバーナーの炎でドアの周りの氷を融かさないと、開かないの
だ。こんなに寒いと、トリが空から落ちてくることもあるという。  さらに、この本は宇宙にも飛び出す。惑星や恒星の話だけでなく、宇宙エレベーターや恒星間飛行などの技術的な話題も盛りだくさんだ。
 でも、やはり最後には、昔からの椎名誠ファンに、一言伝えておかなくてはいけない。『ノミのジャンプと銀河系』には最新のデータも出てくるけれど、やはりこの本の中にいるのは、あなたがよく知っている、あの椎名誠さんです。

 (さらしな・いさお 分子古生物学者)

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