書評
2017年7月号掲載
オピニオンよりもファクトを
烏賀陽弘道『フェイクニュースの見分け方』
対象書籍名:『フェイクニュースの見分け方』
対象著者:烏賀陽弘道
対象書籍ISBN:978-4-10-610721-4
この本では、私が31年間の報道記者生活で覚えた「ニュースの中から事実を拾い集め、真実に近づくためのノウハウ」を公開しています。その1つが「『時間軸』『空間軸』を広げて、ニュースをその中に置いてみる」ことです。すると、ニュースのまったく違う姿が見えることがあるのです。
例えば、5月末「日本の報道の独立性に疑問がある」と書いて騒然となったデービッド・ケイ国連特別調査官の調査報告書。番組に「政治的公平」などを課した「放送法4条」に触れていたので、私は高市早苗総務相の「停波発言」(2016年2月、衆議院予算委員会)を思い出しました。民主党議員の質問に答えた「放送局が4条に繰り返し違反し、改善しない場合には電波停止もありえる」という答弁です。この発言は「安倍内閣あるいは自公政権が言論を弾圧している」という批判の根拠にも使われました。
「時間軸」を広げてみましょう。菅直人内閣時代の2010年11月、平岡秀夫総務副大臣は参院総務委員会で、「放送事業者が番組準則に違反した場合には、総務大臣は業務停止命令、運用停止命令を行うことができる」と同じ趣旨の答弁をしています。当然、民主党政権時代です。要は両者とも総務官僚の法律解釈をそのまま述べているので、政権が代わっても答弁は同じになるのです。ところが民主党政権時代に「言論弾圧」という批判が起きたとは、寡聞にして知りません。
次に「空間軸」を広げてみましょう。欧米や韓国では、放送局の電波免許の許認可は、政権から独立した行政委員会が権限を持っています。国会で多数党になった与党からは独立しています。つまり、与党が任命する総務大臣が電波免許を自由にできるという法律を持っている日本は「世界の民主主義国」からすれば例外なのです。
ついでに言えば、日本でも、警察行政や経済行政など、政治的に左右されては困る部門は公安委員会や公正取引委員会など、独立行政委員会に権限があります。放送行政は、日本でも例外的に非民主主義的な部分なのです。さらに時間軸を広げれば、日本でも1950年から2年間だけ「電波監理委員会」が放送行政を担当していました。ところが主権回復とともに郵政省に統合され、放送行政は与党・政府直轄に戻ってしまいます。
こうして見ると、高市答弁を「言論弾圧」と批判する人たちも、ケイ報告書も、ピント外れであることがわかります。さっさと独立行政委員会を設置して電波免許権限を委ねればいいのです。そうすれば放送法4条は死に法と化します。
本来は、こうしたファクトの積み重ねでニュースを分析して真実に近づく作業こそが、報道記者の役割ではないかと私は思うのです。ごちゃごちゃオピニオンを言うより先に。
(うがや・ひろみち 報道記者)