書評

2017年8月号掲載

間に入って繋ぐこと

――佐藤卓『塑する思考』

芦澤泰偉

対象書籍名:『塑する思考』
対象著者:佐藤卓
対象書籍ISBN:978-4-10-351071-0

 出版のいきさつは本書のあとがきに書かれているが、第一線で活躍するグラフィックデザイナーである佐藤さんが、自分では装幀せずに、最初から、本書を出すきっかけを作った私に、ということだった。気軽に応じてしまったものの、少しずつ出来てくる原稿を渡されて読むにつれ、大変な仕事を引受けてしまったと気づいた。
 佐藤さんが本を出す決意をしてから、担当編集者のTさんと装幀担当の私と佐藤さんの三人は二ヶ月おきくらいに顔を合わせ、佐藤さんが持参した原稿やメモに目を通し、その面白さ、目から鱗の驚きに、Tさん共々、これは行けると手応えを感じつつ意見のキャッチボールをした。会うのは大抵裏通りの居酒屋で、話題は芸術、文学、思想、政治にまで及び、酔うほどに話に夢中になり終電を何度か逃したが、戯(ざ)れ言は一度も出ない真摯な飲み会が続いた。
 佐藤さんは多忙を極めている。当初、インタビューの速記録に手を入れて、という案もなくはなかったが、やはり書くことを貫いていただき、激務の合間を縫うようにして書くことの辛さを味わわせてしまった。です・ます調に決めたあたりから佐藤さんならではの文体も固まり、前に書いてあった原稿にも再び手を入れ始めている。何事も徹底しないと収まらない気質の人なのである。
 飲み会でのキャッチボールを重ねること三年、ご自分のデザイン思考を柔軟に深めた佐藤さんの原稿執筆は大詰めを迎え、本書全体の構造も見えてきた。
「自我が出すぎていないかどうか自覚するためには、折あるごとに自分を疑ってみなければなりません。何かよい案を思いついても、その直後に、これは第三者にもちゃんと伝わるのだろうか、と自分を疑ってみる。」
 引用したのは、自我や個性を押し出すのではなく、物や事、他者との社会的関係性の中でたえず思考する姿勢を述べて、本書の基調を示した箇所である。
 さて、原稿が全て書きあがり、編集者に渡してからも、さらに長い時間が経過した。佐藤さんの感化もあって「第三者にもちゃんと伝わる」ことを徹底して心掛けた編集者は、仕事の域を越えた熱意で鉛筆の書き込みをした原稿を佐藤さんに戻し、佐藤さんは佐藤さんでこれを喜んで受け入れ、快く手直しに応じた。数知れぬキャッチボールがここでも展開されたのである。
 タイトなスケジュールで装幀をしたくない私は、まだ先が見えない昨年の夏から仕事に取り掛かった。初稿の複写を読み直し、文字だけでデザインするのか、佐藤さんの手掛けた商品を使うのか、悩みつついくつか試作したのだが、なかなか納得できない。
 そんな時、友人の写真家で、ブツ撮りでは五本の指に入る戸田嘉昭さんが、私も勧めていた、仕事から離れた作品の展覧会を、それも写真専門のではなく、現代美術のギャラリーで催した。仕事では許されない、物をぼかして撮り、木炭紙にプリントした作品を見て、このぼかしと紙の質感を本書の装幀にと心に決めた。
 早速、佐藤さんのデザイナーとしての出発点であるウイスキー、ニッカ・ピュアモルトの瓶をお借りし、ラベルの貼られていない瓶に、ウイスキーを満たしたもの、五分の一ほど入れたものを撮影し、サイズ違いの木炭紙に何枚もプリントした。佐藤さんの徹底する気質が伝染し、瓶と空間の比率にコンピュータ処理は使わず、実寸主義を貫いた。このプリントを信頼する新潮社装幀室のM女史に送り、得心が行くまでスキャンデータを何度もやり直していただいた。そこへ編集のTさんから校了までのスケジュールが届いた。意外とタイトである。
 急ぎ詰めに入る。プリントをスキャンしたデータを貼り込み、タイトルと著者名を置くシンプルなデザインではあるが、タイトルも著者名も流行に逆らって大きめな文字を配した。しかしこれで完成としてしまっては伝染した徹底気質の名折れなので、文字を解体再生した。明朝系の横棒を均一に太らせ、ウロコ(文字の横棒の端に乗っかっている三角)も形を均一に整え、やっとカバー周りが完成。最後に帯のデザインが、惹句を書いた編集者の意図と合わず、この期に及んでなお豪速球のキャッチボールの末、私は仕事を終えた。
 こうして、佐藤さんは言葉と熾烈な戦いをし、その言葉を編集が繋ぎ、装幀を私が繋ぎ、本書を書店に繋ぎ、若い読者の皆さんに言葉を繋いで、デザインと人間の営みを考える本が生まれた。

 (あしざわ・たいい 装幀家)

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