書評
2017年8月号掲載
品性と奇想のある画家
――岡田秀之『かわいい こわい おもしろい 長沢芦雪』(とんぼの本)
対象書籍名:『かわいい こわい おもしろい 長沢芦雪』(とんぼの本)
対象著者:岡田秀之
対象書籍ISBN:978-4-10-602276-0
もともと旅が好きで、友人たちと国内各地を巡っているうちに、お寺や神社で目にする美術品に惹かれるようになって、気づいたら日本美術ファンになっていました。なかでも「奇想派」と呼ばれる18世紀の画家たち――伊藤若冲、曾我蕭白、長沢芦雪には特にハマって、展覧会や作品のある各地方に度々足を運びました。芦雪については、司会をやっているNHKの「日曜美術館」で南紀に旅の足跡を辿ったり、プライベートでも有名な《虎図・龍図襖》のある串本の無量寺を何度も訪ねました。
芦雪の作品は、お酒を飲みながらパパッと描いたものがあるかと思えば、一方でものすごい緻密な写実描写があったり、三センチ四方の画面に五百人の羅漢を描いたかと思えば、画面からはみ出さんばかりの牛を真正面から描いたり......超絶技巧や構図の妙で人をワッと驚かせるようなところがあるのですが、それが決して「奇」に走り過ぎず、押しつけがましくない。観る人がスッと絵の中に入ってゆけるような、何か絶妙な柔らかさや品性があると思います。僕はそんな部分にも強く惹かれますね。
それは、この本の「はじめに」にも書いてありましたが、やはり円山応挙という偉大な師匠からの影響が大きいのではないでしょうか。名著『奇想の系譜』を書いた辻惟雄先生が、本書の河野元昭先生との対談のなかで、蕭白や若冲が「天然の奇想」であるのに対して、芦雪のことを「人工の奇想」の画家であると仰っている。つまり蕭白や若冲は初めから一匹狼で孤軍奮闘、自分の個性はこれだ!と、内面から沸き起こるものをそのまま画布にぶつけていたけれど、芦雪は円山派という京都画壇の中心地にいて、偉大な師やライバルたちとの距離感を測りながら、アイデンティティを探って試行錯誤していた時期があると思います。だから、自分を冷静に見つめる目が養われ、職人としての技術とアーティストとしての奇抜な発想を絶妙なバランスで組み合わせることができるようになった。その辺りが芦雪作品の持つ品性なんかとも関係があるのだと思います。
いつか、18世紀の絵師オールスターの映画を撮りたいという夢があるのですが、役者として挑戦したいのは蕭白の役。でも地に足を着けて芝居ができそうなのは芦雪なんです。蕭白の作品や数々の逸話から伝わる破天荒ぶりには憧れるし、演じ甲斐はありそうですが、僕自身の地ではいけない(笑)。その点芦雪は、たとえば、組織で異端とされて、独立、自身のプロダクションをつくった方とか、現代でもこういう人って身近にいそうだな、と共感しながら演じることができるかもと勝手に思っています。
それにしても45年という短い人生でこれだけの作品を遺しているのだから、若冲みたいに長生きしたら、また別のステージにいって、新しい芦雪像を作っていたかもしれません。この本は短いながらも膨大な数の作品を描いた芦雪の代表作を、作品の傾向や人生のステージごとにギュッと凝縮して見せてくれています。冒頭のグラフの仔犬たちなんて本当にかわいいし、雀や鼠といった小動物への眼差しもあたたかい。さらに晩年のグロテスクな奇岩や山姥の絵も魅力的です。南紀へ行く前の《唐子遊図》や《水呑虎図》とか、本邦初公開の作品も結構ありましたが、やはりどれもユーモアと観る人へのサービス精神があってとても楽しい。
芦雪作品の中で一番好きなのは、この本にも掲載されている《蘇鉄に雀図》という作品です。ササーッと横に太く引いた薄墨でソテツの木が描かれているのですが、素朴な筆致が、南紀滞在中の芦雪のリズムを表しているようで心地よい。でもぐっと近寄って見ると、ものすごい技術が見え隠れして、ゾクッとする部分もある。俺、特別な事は何にもやっていないよって感じに見せておいて、このテクニック。いかにも芦雪らしい作品だなあと思います。(談)
(いうら・あらた 俳優)