書評

2017年9月号掲載

『ルビンの壺が割れた』刊行記念|公開往復書簡

覆面デビュー、なぜですか?

宿野かほる ⇔ 担当編集者

宿野かほる

対象書籍名:『ルビンの壺が割れた』
対象著者:宿野かほる
対象書籍ISBN:978-4-10-101761-7

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宿野かほる様
 お世話になっております。
 発売前に全文を公開してキャッチコピーを募集したキャンペーン、おかげさまで大反響のうちに終了しました。
 当初は「誰にも気付いてもらえなかったらどうしよう」と心配していたほどでしたが、蓋を開けてみれば特設サイトは79万PVを突破、キャンペーンには6015件もの応募がありました。この中から5つの優秀作を選ぶという難問に、今は嬉しい悲鳴を上げています。
 ところで、読者の方からの反響として、著者への質問を多数いただきました。せっかくですのでそれにお答えいただき、そのやりとりを「波」誌上で公開できたらと思いついたのですが、いかがでしょうか。作中の人物に倣い、電子往復書簡をそのまま載せたいと考えています。
 ちなみに一番多かった質問は、「この物語を一体どこから発想したのか」というものです。 担当編集N

N様
 宿野かほるです。
「無料全文公開」に多くの反響があったと伺い、大変驚いています。ツイッターなどで、応募されたキャッチコピーを拝読し、読者の皆様の素晴らしい言葉とセンスに感服しています。
 わたしに対して多くの質問が寄せられているとのこと。たしかに覆面作家ということで、いろいろと気になることがあるのは理解いたします。
『ルビンの壺が割れた』は、友人たちとの集まりで聞いた話がもとになっています。女友達の一人がフェイスブックでの奇妙な体験談を語ったのですが、それは実に恐ろしい話で、わたしを含めてその場にいる人たちは心をぎゅっと鷲掴みにされました。
 わたしはその話をメール形式の小説にして、友人たちの間で回し読みするのはどうだろうと考え、遊び半分で書いたのが、この作品です。もちろん、友人の話を作り変えてはいます。

宿野さま
 今更ながらご執筆の経緯を知り、驚きました。まさかご友人の実体験にもとづくお話だったとは! 作品全体に妙にリアルさを感じたのはそのためだったんですね。どこまでが現実で、どこからが創作なのでしょう......。気になりますが、それはさすがにここではお答えいただけないと思いますので、また機会がありましたらこっそりご教示ください。
 ところで、「なぜ新人賞に応募しなかったのか」という質問も多数寄せられました。こちらは以前お尋ねしましたが、もう一度ご説明いただくことは可能でしょうか。 N

N様
 原稿を読んだ友人たちは面白がってくれ、「新人賞に応募してみたら」と勧めてくれましたが、わたし自身は、そんなレベルの原稿ではないと思っていました。
 それに応募しようにも、この作品がどういう小説のジャンルに入るのかわかりませんでした。ミステリー風ですが、ミステリーではないし、ホラーの要素はあるものの、ホラー小説でもありません。一般的なエンタメ小説の枠からも大きく外れています。それで、応募する新人賞を見つけられなかったのです。そもそも新人賞などという厳しいレースを勝ち抜ける作品とは微塵も思っていませんでした。
 どうやって御社に原稿が渡ったのか、ということについて細かく言うと、わたしや友人たちのことを詳しくご説明しなければいけなくなってしまうので、それについてはここでは差し控えさせてください。申し訳ありません。
「本にしたい」と言っていただいた時も、最初はお断りしました。ですが、何度も作品を褒められるうち、「ブタもおだてりゃ木に登る」という言葉がありますように、愚かにもわたしもまたブタのようにその気になってしまいました(Nさんの上手な誉め言葉のせいということにしたいです)。

宿野さま
 いえいえ。読者の方からたくさんの反響をいただき、改めてこの作品を世に出すことができてよかったと思っています。
「著者はどんな人物か」ということに言及しているコメントもたくさんありました。ただ、これは質問というより、予想が多かったです(女性か男性か、有名人か素人か、はたまた作家か業界人か、等々......)。もしよろしければ、可能な範囲で非公開の理由をお答えいただければと思います。
 また、発売前にも拘らず、二作目を望む声も届いています。こちらはいかがですか。私もぜひ次作を拝読したいと思っている一人です。 N

N様
 その件に関しては新潮社の皆様にご迷惑をおかけしています。
 わたしが働いているところは特殊な業界で、本名が知れると、仕事に差し障りが出る可能性があります。また『ルビンの壺が割れた』はあくまでフィクションではありますが、どことは言えないものの、着想を得た中には事実に基づく部分もあります。わたしが本名をさらすことによって、友人や関係者に迷惑をかけるわけにはいきません。
 それで本名、性別、年齢、職業を伏せていただきました。わがままを申し上げて本当にすみません。
 次作についてですが、正直に申し上げると、わたしはこの作品一作でお終いにしたいと考えていました。
 ただ、もしこの作品を読まれた方の多くが、「宿野かほる」の作品を読んでみたいとおっしゃるなら、再びブタになって二本目の木登りに挑戦してみようかとも考えています。

 (やどの・かほる 作家)

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