書評
2017年9月号掲載
「鶴瓶というバケモノ」の正体
戸部田誠(てれびのスキマ)『笑福亭鶴瓶論』
対象書籍名:『笑福亭鶴瓶論』
対象著者:戸部田誠(てれびのスキマ)
対象書籍ISBN:978-4-10-610728-3
最強のお笑い芸人とは誰か――。
戯れにそんな問いを発した時に返ってくる答えは、ビートたけし、明石家さんま、タモリといった「BIG3」やダウンタウンといったところだろう。ウッチャンナンチャンやとんねるず、爆笑問題らの名前も挙がるかもしれない。だが、誰もが知る"国民的芸人"であるにもかかわらず、笑福亭鶴瓶を選ぶ人はおそらくいない。実はそれこそが鶴瓶の強みだ。
同世代の芸人からはもとより、後輩芸人にまでイジられ、ツッコまれ、タジタジになっている姿には、"大物感"がまったくない。時にたどたどしく冗長なトークは、短い時間でフリ・オチを完成させている今のテレビのフリートークと比べると時代遅れのようにも見える。好感度は高いが、お笑い芸人が目指すべき頂点とは別の場所にいる――僕もそんな風に思っていた。けれど、ある時気づいたのだ。実は鶴瓶こそ"最強"なのだ、と。一見、負け続けているように見えて、本当の意味では誰も勝つことができない。
BIG3のような「天才」と称される人たちには共通点がある。それは「孤独感」だ。彼らが発する笑いの奥底には、どこか"影"のようなものがつきまとう。しかし、鶴瓶には、それが一切感じられない。間違いなく「天才」と呼べる部類の才能を持ちながら、彼にあるのは、それとは真逆の「幸福感」だけだ。芸能界でこれだけ経験を積み、才能の塊のような男が、まったく孤独感を感じさせないのは、むしろ驚異的なことだ。なぜそれが可能なのか――彼の言動を見ていくうちに僕はあるキーワードにたどり着いた。
「スケベ」だ。
彼の生き方に通貫している「スケベ」な思想こそ、鶴瓶を鶴瓶たらしめているのではないか。誰よりも多くの人に会い、誰よりも多く時間を費やし、誰よりも多くの場所に赴く。その貪欲さで、「運」を掴み、「縁」を繋げていく。「縁は努力」だと鶴瓶は言う。
僕たちはたけしやタモリのような生き方にあこがれる。けれど、それを真似しようとしたら、待っているのは破滅しかないだろう。彼らの生き方は、彼らの特別な才能があるからこそ実現できるものだからだ。だけど、鶴瓶のスケベな生き方は、たとえ鶴瓶ほどの才能がなかったとしても、真似をすれば、きっと人生を豊かにしてくれるものだ。
『笑福亭鶴瓶論』は評論家の視点で鶴瓶の芸論を語るものではない。そのスケベな生き方を通して、実は誰よりもパンクで最強の男「笑福亭鶴瓶というバケモノ」の正体を探っていこうというものだ。それは、現代では得難い「幸福感」を我々が掴み取るヒントになるはずだ。
(とべた・まこと ライター)