書評
2017年10月号掲載
文系の皆さんへのラブレター
高橋真理子『重力波 発見! 新しい天文学の扉を開く黄金のカギ』
対象書籍名:『重力波 発見! 新しい天文学の扉を開く黄金のカギ』
対象著者:高橋真理子
対象書籍ISBN:978-4-10-603816-7
アインシュタインと聞いて、胸キュンとなるのがたぶん理系で、その場を離れたくなるのがたぶん文系なのだろうと思う。単純に過ぎる類型化かもしれないけれど、私は単純化をよくする。見通しが良くなることが多いし、話がはずむきっかけにもなるのだから大目に見て欲しい。
私自身は大学で物理学を勉強したので理系に分類されるのだろうが、新聞社という「文系職場」で長年働いたので、文系マインドの方々にずいぶん鍛えられてきた。私が知っていることを周りの人が知らなくても驚かなくなるのに時間はかからなかった。逆に周りの人は私が知らないことをいろいろ知っていた。外国のことは同僚記者にずいぶん教えてもらった。「世の中は単純でない」と納得できたのも文系マインドの方々のお陰である。
重力波というのは、アインシュタインの一般相対性理論から予想された波である。
右の文は、文系、理系の隔たりを顕在化させるマジックセンテンスのような気がする。理系にとっては胸キュンの2乗であり、文系にとっては敬遠の2乗になる。いや、「一般相対性理論」は「アインシュタイン」にも増して敬遠度が高いだろうから、両者の隔たりはもっと大きくなる。
2016年2月に発表された「重力波を初観測」のニュースには、このマジックセンテンスが入っていた。これを入れずに報道するのは不可能だった。だから、このニュースは文系の方の関心からあっと言う間に消え去ってしまったのではないだろうか。
しかし、これは「世紀の大発見」なのである。私たちが存在している時間と空間のありようを示す決定的証拠であり、それを求めて世界中の科学者が苦労に苦労を重ねてようやく手にした珠玉の科学的成果なのだ。そんじょそこらの新発見とは格がまるで違う。
そもそも、時間と空間はあらゆることの基本である。何事も時間と空間の中で進行する。その時間と空間自体が、私たちが素朴に考えている姿とは違うのだと示したのが一般相対性理論だった。この理論はさまざまな現象を予言したが、その白眉とも言えるのが重力波である。予言から一世紀、現代のハイテクを駆使してようやく実物をとらえることができた。
ここに至るまでの人類の知の歴史、簡単には成果が出そうにない実験に取り組む科学者たちの人間模様、どの国にも共通する研究資金を得る苦心などを文系の人たちに向けて書いてみたい。そう思って出版社行脚をしたのが昨年春だった。「理系向けの科学の本にはしたくない」という私のわがままな願いを新潮選書の編集者Iさんは真正面から受け止めてくださった。そして、願い通りの本が出来上がった。
文系の皆さま、どうぞ私のラブレターを受け取ってください。