書評・エッセイ

2017年11月号掲載

かけがえのない時間の幸福さと切なさ

――瀧井朝世『偏愛読書トライアングル』

今井麻夕美

対象書籍名:『偏愛読書トライアングル』
対象著者:瀧井朝世
対象書籍ISBN:978-4-10-351221-9

 新刊を平台に出すとき、一緒に読んでほしい本の隣に置くことがある。自宅の本棚は著者も版元もばらばらに、テーマや作風が近しいものを並べている。孤独を描いていたり、独自の世界観を持っている本でも、隣の、そのまた隣の本と並んで新しい世界を作っていく。そういう光景を見て、静かに驚くことがある。本はつながっていくのだ。
 瀧井朝世さんの初著書(意外だった)『偏愛読書トライアングル』。本誌『波』で二〇一〇年四月号から現在も連載されている「サイン、コサイン、偏愛レビュー」から、厳選された五十六回分をまとめた一冊だ。本誌読者の方には説明不要かもしれないが、このレビューのスタイルは、まず新刊一点をとりあげ、そこから連想した本二点をあわせて紹介するというもの。本のつながりにわくわくする。国内小説、翻訳小説、ノンフィクションと取り上げる本のジャンルは様々だが、選ぶ基準は瀧井さんの愛、しかも偏愛、である。
 たとえば「分身がいっぱい」と題された回。星野智幸『俺俺』と、山本文緒『ブルーもしくはブルー』、翻訳文学のアンソロジー『ダブル/ダブル』の三冊を紹介している。テイストも国も時代もこえたチョイス。さすが瀧井さんだぜ! と唸ってしまう。結びの〈その人がその人たる根拠はもろく、自分と他人の境界線は曖昧で、人は人と交換可能だ。それは嘆かわしいことではなく、至極当然のことのようにも思える。ならばもう少し他人に共感を示してもいいのかなあ、と考えるのは楽天的、偽善的にすぎるだろうか〉という文章にもぐっとくる。「分身」というモチーフでつなげるだけでなく、それぞれの本から読みとったメッセージを重ねることで、テーマをより強固にし、考える。それは読者にとっての読書の種になる。
 瀧井さんの書評を読むと、いつもはっとする。小説だったら、設定や登場人物の造形を的確につかみ、読みどころや、隠れているキーワードに至るまでを鮮やかにすくい、言葉にしてくれている。すでに読んだ本でも、あれ、こんな一面もあったんだと違う表情が見えてきて、もう一度読んでみたくなるのだ。
 言葉で紡がれているけれど、本は直接にはメッセージを語らない。それは奥の方に密やかに息づいている。どんなジャンルの本でも、その声をひとつひとつ聴き、理解し、文章にして、本を読みたいと願う人々に手渡す力を、瀧井さんは持っている。その稀有な力と、愛と、膨大な読書量という引き出しのトライアングルで出来たのが本書なのだ。
 そうは言っても全部連載で読んだし、単行本はまあいいかなんて思っていらっしゃる、そこの『波』愛読者のあなた。単行本ならではのお楽しみも数多く用意されているのです!
 まずはふんだんな脚注。著者の略歴や文庫化情報だけでなく、瀧井さんの偏愛あふれた情報もあって面白い。ジョージ・ソーンダーズ『短くて恐ろしいフィルの時代』、西崎憲『ゆみに町ガイドブック』、イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』を紹介した「虚構の国を訪れる」という回の脚注では、この三冊が好きな人に、もう一冊をおすすめしてくれている。タイトルは本書でご確認を。私は絶対読みます。
 巻末には、人名からも作品名からも引ける索引が付いている。読みたい本と、再読したい本を早速チェックしてみたら、膨大な数になってしまった。時間と資金と収納場所を確保しなければ......! いやはや。ますます読書沼の深みへとはまりそうで、困惑と嬉しさの両方におそわれる。
 そして、なんといっても本書の最後の数回とあとがきを、ぜひ、ぜひ読んでほしいのだ。書評集を読んで、まさかこんな読後感をおぼえるとは思いもよらなかった。
 読書は時間と共にある。物体としての本を見れば、読んでいた時間がそこにあると感じられることもあるだろう。連載開始からたくさんの本を読んできたかけがえのない時間を、瀧井さんは一冊にとじ込めたかったのではないだろうか。この本が、この世に生まれ出てよかったと、しみじみ思った。
 本書を読み終え、改めてカバーを見たならば、あなたもきっと、幸福な時間と過ぎ去った後の切なさをかみしめるに違いない。本と共に生きるということに、思いを馳せながら。

 (いまい・まゆみ 書店員)

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