書評
2017年12月号掲載
また近々飲みましょう。
――角田光代・河野丈洋『もう一杯だけ飲んで帰ろう。』
対象書籍名:『もう一杯だけ飲んで帰ろう。』
対象著者:角田光代・河野丈洋
対象書籍ISBN:978-4-10-105837-5
最初にご一緒したのは、当時の家の近くの焼き鳥屋。先輩バンドマンである丈さんに誘っていただいたときだった。お互いの所属していたバンドで一緒に地方を回ったりしていた頃である。一人で先輩と飲みに行くなんてことも珍しく、行く前はそれなりに緊張していたと思う。
だんだん打ち解けていったというよりも、ほとんど最初の時から、今一緒に飲んでいる時のような手応え、安心があった気がする。角田さんとはそのときが初めましてで、丈さんともおそらくあんなに話したのは初めてだったのだが、それでも変に様子を探り合うでもなく、やたらと後輩あつかいされるでもなく、率直でフラットな向き合い方で、でも暖かく迎えてもらった。
それはとてもうれしい体験だった。そこには絶妙なバランスと、心地よい温度感がある。気取らないけども、粗野にもならず、率直だけども、心をざらつかせるようなことはしない。穏やかな時間を望むけれども、なあなあに物事に向き合うでもない。僕のほっとするポイントにぴたりとはまっていたのだ。
ある頃から一緒に飲む中で、おふたりが飲みにまつわるエッセイを連載しているということは聞いていた。本を開くと、よく知るふたりが、ひたすら色んなところで飲み続けている。中央線で。立石で。トルコで。香港で。美味しそうな料理や、時に異国の景色や、色んな隣人たちの中で。
ふたりそれぞれの目線があって、ワンシーンワンシーンくっきりする。きっとどこにいても相変わらずなんだろうな、と思う。阿佐ヶ谷にて、想い出の鯛めしと再会する丈さんも。ピザのチーズのとろけるさまに、ハイジの世代のファンタジーを見る角田さんも。上座部仏教に思いを巡らせつつ高田馬場でミャンマー料理を食べたり、旅したインドの混沌に思いを馳せながら阿佐ヶ谷で餃子を囲む様子も(料理がとにかく美味しそう)。
読み始めたら、なんだかやっぱり、普段飲んでいるときの空気感と一緒で、いつものごとく自分も一緒に飲んでいるような気分になる。なんとなくとろけた気持ちになり、終わりまでするすると読んでしまった(そんな心地で読んでいると、ほんとうに自分が登場して来たときに、何故だかびくっとする)。一方で、自分がテーブルの向かいで雑に飲んでいる時にもこんなことを思っていたんだな、とか、こんなにも物事をしっかり観察していたのか、と不思議な気分になったりもする。
おふたりがお店だったり人に求めているもの。それはそのまま他者に対する接し方、もてなし方にも重なってくるのだと思う。今回、エッセイの中で再確認したことでもあった。一緒に酔っ払っていても、飲むという行為、その時間をとても大切にしているんだな、と感じる。集まった人まで含めて、みんなほっと一息つけるような。
時に自分のバンドメンバーも混ざりつつ、相変わらず最近も、ちょくちょくご一緒させてもらっている(出不精なのでお誘いいただくことが多い)。バンドの悩ましいことを聞いてもらったりだとか。運気をタロットで占ってもらったりだとか。トト(猫)に脚をガリガリされたりだとか。
角田さんには、気づくと眠気の限界までつき合ってもらっていることも多くて、思い返しては反省する。丈さんも、いつも深い時間までつき合ってくれるのだが、限界を迎えている姿は見たことがないかもしれない(たしかに丈さんは飲んでもなかなか顔に出ない)。僕の身も蓋もない人物評なども面白がって聞いてくれたりするので、調子に乗って喋りすぎることもある。時々、妙なツボで盛り上がったりして、あなたたちはへんなやつよ、と言われる。僕はなんだかわかるなあ、と丈さんが言ってくれたり。
僕らは、お酒を飲むことで日常のリズムを取る。あるいは共有している。ような気がする。
ふたりの飲みの日々が、あの感じが、作品になって残ることがすごくうれしい。題の下の似顔絵、いいですね。また近々飲みましょう。
(ふじわら・ひろし ALベース担当)