書評
2017年12月号掲載
ヒトコマ漫画に見るアメリカ
――星 新一『進化した猿たち The Best』(新潮文庫)
対象書籍名:『進化した猿たち The Best』(新潮文庫)
対象著者:星新一
対象書籍ISBN:978-4-10-109854-8
こんな小話がある。
孤島に四人の男が流れ着いた。神様があらわれ、各人に二つの願いを叶えてやるという。一人目は「グラマーの美女」と「家に帰りたい」。叶えられた。二人目は「たくさんのお金」とやはり「家に帰らせてくれ」。これも叶えられた。三人目は「たらふくのうまいもの」と「家に帰らせてくれ」。これも願いが叶えられた。最後に一人だけ残った男は麻雀好きだった。そこで神様に頼んだ。「麻雀牌」と「さっきの三人を島に戻してくれ」。
ある麻雀好きが考えたものだが、こういう小話を孤島物と呼ぶことは、星新一によって知った。星新一の『進化した猿たち』は月刊誌『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』(編集長は常盤新平。のち誌名は『ハヤカワ・ミステリ・マガジン』に)昭和四十年七月号から連載が始まった。
アメリカのヒトコマ漫画をジャンル別に紹介してゆく。これは大評判になり、続篇『新・進化した猿たち』へと続けられた(昭和四十五年の七月号まで)。
これが評判になったのは、普通、読み捨てにされてしまうヒトコマ漫画を星新一が、丹念に切り取って集めていたこと。その収集癖は驚嘆に値した。さらに、単に集めるだけではなく、ジャンル別に分けて、編集したこと。星新一は、コレクターと同時に、みごとなアンソロジストの才能を示した。その熱意、手さばきに読者は舌を巻いた。
孤島物だけではない。分類は多岐にわたる。アトランダムに並べてみると、強盗物、刑務所物、墓場物、占い物、あるいは天国物、サンタクロース物、宇宙人物......など多種多様。インターネットのない時代、よくこれだけ丹念に集めたと感服する。元祖オタクといっていいだろう。
連載漫画を切り取っておくというのはまだ話が分かる。しかし、一回きりのヒトコマ漫画をこれだけ熱心に集め、分類し、提示するとは。並み大抵の労力ではない。アメリカがまだ「遠いアメリカ」として憧れの対象だったからこその成果だろう。その意味でアメリカのサブカルチャーの良き紹介者だった常盤新平が編集者だったことは見逃せない。
強盗が町の銃砲店に押し入り、店の人間に玩具の銃を突きつけ、「やい、そこの本物の銃をこっちへよこせ」。
夜の空で、円盤に乗った宇宙人が、横を走るトナカイに乗ったサンタクロースを見て、同僚に話しかける。「おい、あんなものの実在を信じられるかい」。
二十ドルで二つの事柄にお答えします、という看板の占い師のところへ来た客が「二十ドルも出して、たった二つなんですか」と聞く。占い師が答える。「その通りです。で、第二のご質問はなんなのでしょうか」。
笑いはゆとりから生まれる。他者だけではなく自分自身も他人の目で見る。シリアス(死や暴力)な題材も笑うことでその恐怖から逃がれる。
星新一が収集した漫画の多くは、まだ、アメリカが「良き時代」だった頃の作品だろう。豊かで、明るく、社会の矛盾が露出していない。ベトナム戦争も、人種差別も、カウンターカルチャーも大きな問題になっていない。
どの漫画にも、黒人をはじめとする当時のマイノリティはほとんど登場しない。しばしば「グラマー美人」が現われるが、だからといって「セクハラ」問題にもならない。
ただ、精神分析物や結婚カウンセラー物が多いのは、このころからアメリカの根底にある「家庭」にひびが入りはじめていたからだろう。ウディ・アレンが「精神分析」をジョークにするのは、このすぐあとのこと。
星新一が、アメリカのヒトコマ漫画に興味を持ったのは、ある時、孤島物が多いことに気づいたからだという。それで集めはじめたら三千種にもなった。
なぜ、アメリカにはこんなにも孤島物が多いのか。さまざまな理由が考えられるが、ひとつ思い浮かぶのは「アメリカのもっともありふれた病気は孤独である」という言葉。アメリカの理想は「大草原の小さな家」というが、あの家は見方を変えれば孤島である。ハックルベリイ・フィンが乗った、ミシシッピ河を下る筏もまた孤島である。
星新一が紹介する漫画の向うには「孤独なアメリカ」が見える。
(かわもと・さぶろう 評論家)