書評・エッセイ

2018年2月号掲載

鷗外・喜美子・新一 ならべてみると見えるもの

――小金井喜美子著/星マリナ編『泡沫(みなわ)の歌 森鷗外と星新一をつなぐひと』

星マリナ

対象書籍名:『泡沫の歌 森?外と星新一をつなぐひと』
対象著者:小金井喜美子著/星マリナ編
対象書籍ISBN:978-4-10-910107-3

 その本は、父・星新一の書斎の本棚にありました。手で押すとパリッとやぶけてしまいそうな古い本。小金井喜美子が昭和十五年に自費出版した歌集『泡沫(みなわ)千首』でした。小金井喜美子ときいても知らない方がほとんどと思いますが、彼女は森鷗外の妹にして星新一の祖母。ついでにいえば私の曾祖母なのですが、私がうまれる前に亡くなっているので会ったことはありません。
 和歌が千首収録されているらしいその本のページをめくりながら、父が書いた千一編のショートショートとほぼ同じ数なのだと気づき、私はこれを自費出版で復刊してみたいとふと思ったのでした。つまり、そもそもは「そこにあったから」という登山家のような動機だったのです。
「千」がキーワードであったにもかかわらず、すぐに千首収録は多すぎるということに思い至り、半分くらいに減らしてみようと、歌の背景をしらべはじめました。ほぼゼロからのスタートに途方に暮れました。こういうのを無謀というのではなかろうか。
 そんなある日。私は、わりと重要なことに気づいたのでした。よく考えてみたら、森鷗外のおかあさんは私のひいひいおばあさんだったのです。おおっ。高校の修学旅行でおとずれた津和野の鷗外の生家。あれは、ひいひいおばあちゃんの家だったのか!(それくらいもっと早く気づけという話なのですが)
 そのときだったのです。それまで、底の見えない穴のような、あるいはエベレストのような鷗外研究というものに恐れをなしていた私が、自分の家族の話なのだから自由な気持ちで編めばいいのではないかと脱力できたのは。
 そこで今度は「家族」をキーワードとして考えてみました。
 喜美子は、小さい頃から兄・鷗外と文学への思いを共有していました。友達と遊ぶことよりも本を読むことを好んだ喜美子は、鷗外の本棚の本を読み、鷗外に本を買いあたえられ、そして自分が詠んだ和歌や書いた文章を鷗外に見てもらっていました。鷗外の留学中や赴任中には、ひんぱんに手紙や和歌のやりとりをし、鷗外が東京にいるときには鷗外主宰の文芸誌に参加、歌会の手伝いもしていました。ふたりは、通常の兄妹よりもはるかに濃い時間をすごしていたのです。
 鷗外が亡くなって四年後にうまれた星新一は、十八歳まで祖母・喜美子と同居していました。幼少期、鷗外全集のならんだ喜美子の寝室でねむっていた新一は、喜美子の詠む和歌を子守唄がわりにきいて育ちました。喜美子が旅にでるときには、泣いてあとを追いかけるほどのおばあちゃん子だったのです。ここにも、通常の祖母と孫よりは、はるかに強いむすびつきがあったのでした。
 鷗外・喜美子・新一をならべてみたら、多くのことが見えるようになりました。たとえばこういったことです。星新一は、作家の心がまえのようなものを鷗外から学んだのではないか。私小説に近いものを書くリスク、作家仲間の大切さ、家族の立場、没後に作品や遺品がどうなるか、など。そして確実に比較されてしまう「息子」ではなく、「妹の孫」というノーマークな立場は、ちょうどいい距離だったのではないか。継ぐことを期待されて生きてきた星製薬を手ばなし、絶望のなかで就いた作家という職業も、結局は家業だったのではないか......。なんだか、いろいろなことが腑に落ちたのでした。
 星新一のショートショートを思わせる、わかりやすくて古びない喜美子の和歌は、約三百首を収録。本の後半は、喜美子と新一のエッセイのほか、鷗外の手紙や、喜美子と新一の写真、与謝野晶子が『泡沫千首』に寄せた序文など二十六項目を収録しました。あれこれとパズルのようにならべているうちに、「あ、つながった」と実感した瞬間があったのです。カチッという音がきこえそうなくらいでした。
 こうして父の書斎でみつけた古い歌集は、歌集の枠をこえて、森鷗外と星新一をつなぎ、小金井喜美子という、とても美しい文章を書く女性の人生を凝縮した本にうまれかわりました。この本を没後二十年となる父に捧げたいと思います。

 (ほし・まりな 星新一次女)

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