インタビュー

2018年2月号掲載

『編集長の条件 醍醐真司の博覧推理ファイル』刊行記念インタビュー

漫画狂瀾の時代を支えた編集者たち

長崎尚志

長崎尚志

対象書籍名:『編集長の条件 醍醐真司の博覧推理ファイル』
対象著者:長崎尚志
対象書籍ISBN:978-4-10-126853-8

――博覧強記で変人のフリー漫画編集者・醍醐が活躍するシリーズの三作目が刊行となります。今回の物語は、どこから構想されたのでしょうか。

 出発点になったのは、編集者からの提案ですね。もっとも、最初に言われたのは「編集部員、全員失踪」という案で、おいおい何を言ってるんだと(笑)。さすがにそれはぶっとびすぎているのでいろいろ議論して、「醍醐が編集長になってみたら面白いんじゃないか」という話になりました。

 もうひとつは、一作目と二作目で、漫画の現場での話はほぼ出尽くした感があるので、そこから先を深掘りするとなると、漫画のルーツの探究に話を持っていくしかないと思ったことです。ただ、トキワ荘の話とかは皆がよく知っているので、そうじゃない方向へ話を進めようと考えました。

 漫画のルーツというのを調べていくと、手塚治虫さんや藤子不二雄さんに代表される「トキワ荘派」、さいとう・たかをさんたち劇画に代表される関西の「貸本派」、さらに、白土三平さんたちが興したもうひとつの派というのがあるのがわかったんです。そこはあまり取り上げられていないので、スポットライトを当ててみようと思ったのがきっかけです。

――さらに物語が進むと、なんと、昭和最大の未解決事件の一つと言われる国鉄総裁の不審死事件「下山事件」までもが重要なモチーフとして登場します。

 白土さんたちがデビューした時代を考えたときに、あの怪事件に行き着いたというところがあるかもしれません。以前からあの謎には興味があって、ストーリー共同制作した漫画(『BILLY BAT』)で扱ったこともあります。小説にもしたいけど、松本清張さんなんかが取り上げてきたのとは違う角度からやるにはどうしたらいいか、というのを前々から考えていて、今回、こういう形で結実しました。

――長崎さんご自身も漫画誌の編集長の経験がおありですが、今回、編集長になった醍醐や、醍醐の前任の編集長である南部のモデルはいるんでしょうか。

 醍醐のほうは、自分が編集長をやっていた時期に、やれたこと、やれなかったことを交えて書いています。ただ、いくら変人の醍醐でも、編集長として人を動かし、やる気にさせなければいけない立場になるということは、それほど我儘放題にはなれない。それでいて醍醐というキャラクターらしい面白さをどう出すか、というのは、かなり腐心した点です。

 一方の南部は、優秀だが酒乱で、部下に容赦ない暴言を吐くというとんでもないキャラクターですが、昭和の編集長にはああいう人はいっぱいいました。僕の師匠もそうでしたし。みんなが「こんな奴死んじゃえばいいのに」と思いながらもついていった、そういう人たちを念頭に置いて書きました。

 彼らがいた当時、漫画は社会的に下に見られた文化でした。売れるのは売れるが、いくら数字が出てもほかのジャンルより尊敬されない。そういう環境の中で、命がけで漫画をつくっていた人たちが、酒に溺れていったんです。僕自身はそういう話はどちらかと言えば嫌いなんですけど、最近はそういう、ねっとりして濃い部分がなくなったことで、漫画が衰退しているという面もあるのではないかと思っています。

 漫画の文化って、東京でいえば新宿の歌舞伎町とかゴールデン街みたいなものだったのに、それが六本木になり銀座になり、さらにはお洒落なニューヨークのカフェみたいになって......と、段々メジャーなものになってしまった。洗練されすぎると、デコボコしたものが出てこなくなります。完成品に近いものって、綺麗なだけで面白くはないじゃないですか。

 昭和の漫画全盛の時代を支えた編集長たちは、大抵が人間としてだめな人たちだった。でも、彼らが本当に嫌なだけの奴だったのか、ということも書きたいと思いました。

――作中では、南部の漫画に対する情熱もよく出てきます。たとえば売れている漫画雑誌のコマの数を数えて分析する等の描写がありましたが、あれも実話なんでしょうか?

 あれは、僕の師匠が実際にやっていたんです。彼は、酒を飲むととんでもないことを言うけれど、普段はいい人だった。でも、酒を飲みすぎて47歳で死にました。あんな偉大な編集者は、他に見たことないですね。

 僕が会社にはいったばかりのときに青年漫画誌の編集長をやっていた人で、漫画をどうやってつくるかは、すべてその人から教わりました。南部の一番のモデルもその人です。

 僕も編集長をやりましたが、あの人にはとてもかなわないと今でも思っています。なぜか僕に目をかけてくれていたんですが、その分、こちらに大した才能がないとバレるのが、怖くてしょうがなかった。いつか見捨てられるんじゃないかとビクビクしていました。結構、人を切る人だったから。

 自分も編集長になってみてはじめて、長と言えどもそこまで人のことを見透かせてはいないし、一度気に入った人のことは、最後まで面倒を見たくなるものだとわかったのですが。

 彼には、「おまえの漫画はキャラクター以上にストーリーで成り立っている、邪道と言われてもそれをやり抜け」と言われました。そのうえで、「ただし、ここは主人公のアップだ」とか「ここでこのコマを入れなくてどうする」とか、逆に「このコマは省け」なんて、すごく細かくアドバイスをくれた。

 僕には三人の師匠がいて、一人は、林さんという、今話していた編集長です。漫画編集の何たるかを教えてくれた人。さらに、少年誌の師匠は高橋留美子さん、僕の専門だった青年誌の師匠は、さいとう・たかをさんですね。

――醍醐が編集長に就任することになった青年誌のモデルもあるんでしょうか?

 青年誌といっても、ラーメン屋に置いてある雑誌と、そういう場所には置いてない雑誌というのがあって、醍醐が今回就任したのは、前者の雑誌の編集部です。僕がかつていたのは後者で、大手出版社の、家庭に持ち帰れる雑誌です。そちらを一流漫画誌と言ったりもするんだけど、もともと青年誌というのは前者がルーツで、僕はそちらに対する尊敬心が強くありました。だから今回、題材に出来たのは嬉しいです。

『クロコーチ』という漫画で前者の系統の雑誌(日本文芸社刊行「週刊漫画ゴラク」)に関わらせてもらったとき、「毛色の違う雑誌によく書いてくれた」とか「雑誌差別をしないんですね」ということを好意的に言ってくれる人がいたんですが、それは間違っていて、心から楽しい仕事だったんです。

 大手の雑誌のほうが売れていると思われがちですが、有名週刊漫画誌より、ゴラクのほうが部数が出てるんです。それで僕は、なんで売れているのか知りたくて、彼らに近づいた。結論は、失敗を恐れない大胆さでした。編集者の質は大手出版社と変わらないどころか、大手より編集部員の数が少ない分、一人一人がよく働いている。その上、逞しいし、楽しそうに働いてますね。

 今回は改めてそういう雑誌の編集部に取材もさせてもらって、そこでのやり方とか編集者を知ったことが、作品の大きなヒントになりました。

ドラマ化は豪華な画稿にも注目!

――今作は発売前から、WOWOWでの連続ドラマ化も決定しています(「連続ドラマW 闇の伴走者〜編集長の条件」3月31日(土)スタート、毎週土曜夜10時、全5話、第1話無料放送)。撮影見学をされて、いかがでしたか。

 今までドラマや映画で漫画編集者が出てくると、リアリティのないものが多く、気になっていました。最近はリアルなものも増えてきているとは思いますが、その中でも今回は群を抜いて本物だと思いますね。監督は完全に雰囲気を出してくれているし、役者さんもいかにも漫画編集者って感じ。美術さんの作られたセットも、細部まで徹底していました。

――参加してくださっている漫画家さんも超豪華です。『ドーベルマン刑事』『ブラック・エンジェルズ』の平松伸二さん、『墨攻』『腕~駿河城御前試合~』の森秀樹さん、『食キング』『喰いしん坊!』の土山しげるさん、『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』『神罰』の田中圭一さん......。

 僕も、こんな巨匠の皆さんが描いてくれていいの、とびっくりしています。皆さんお忙しいし、ダメ元でお願いしてみてくださいとプロデューサーに言ったら、描いてくれるというお返事で、驚きました。まずあの平松さん。そして土山さんという青年誌のベテランに、「週刊文春」でも連載を持っている時代劇の森さん。『うつヌケ』で話題の田中さんまで、よくぞこれだけの方が描いてくださったなと。平松さんなんか超ビッグネームで、漫画業界の人間に話すとのけ反りますよ。

――それは、長崎さんがお願いされたから......?

 というより、漫画ゴラク編集長の岩田さんのお力添えと、漫画家さんが、お祭りみたいなものに乗ってみようと思ってくれたからだと思います。本当にありがたいです。

 森さんはまさに昔の漫画の絵を再現してくれた。白土三平さんとか、つげ義春さん、水木しげるさん、『子連れ狼』の小島剛夕さん......その一派の若い頃にいそうな、架空の漫画家になりきって描いてくださっているんです。彼らの漫画が載っていた本に、森さんの描いた絵が載っていても、まったく違和感がないというような。

 土山さんは、さきほどの話でいうと、ラーメン屋においてある漫画雑誌界の巨匠です。絵がものすごく上手い。画風が違うということもありますが、変な話、大手が出している漫画誌に描いている人よりも、そうじゃない雑誌に描いている人のほうが画力が上なんです。いい例が、かわぐちかいじさんや、能條純一さんですよね。お二人とも大手の雑誌にうつられましたが、抜群に上手いでしょ。

 田中圭一さんは、石ノ森章太郎さんの初期の雰囲気で、とお願いしたら、まさにその通りに描いてくれました。一作目『闇の伴走者』のドラマ化の際は、同じ石ノ森さん風でも、彼の70年代頃の絵を描いてもらったんですが、今回は50~60年代くらいの絵を描いてくださっている。

――最後に、次作の構想などがあれば伺いたいです。

 今回の醍醐は編集長としてちょっとマトモにならざるをえなかったのですが、次はまた変な醍醐が書きたいですね。やっぱりコイツだめだ、というような。優希の宮城県警時代の話もまだ残っているし、奇人の醍醐と、成長して少し強くなった優希というコンビをまた書きたいと思っています。

 (ながさき・たかし 漫画家)

最新のインタビュー

ページの先頭へ