インタビュー

2018年3月号掲載

『月の炎』刊行記念インタビュー

小説は、ミステリー

板倉俊之

対象書籍名:『月の炎』
対象著者:板倉俊之
対象書籍ISBN:978-4-10-121242-5

 まさか自分が小説を書くなんて、子供の頃は考えもしませんでした。そもそも小説はほとんど読まないで育ちましたから。それなのに『蟻地獄』の文庫版、そして新作の『月の炎』と二カ月連続で自分の小説の本が出版されることになり、何とも不思議な気がしています。
 十年前に最初の小説『トリガー』を書きました。当時、芸人の小説がブームで、出版社の方に声をかけていただいたのですが、ベストセラーになった『ホームレス中学生』のようにパンチの利いた過去は、普通の家庭で育った僕にはありませんでした(笑)。自分の好きなジャンルにすれば気分が高揚すると思い、拳銃を題材にしました。アイデアの種は、ムカつく奴らの頭を片っ端から撃ち抜いていくというもので(笑)、今読むと文章の粗さに恥ずかしくなる箇所もありますが、そこそこ売れてくれて二作目を書くことになりました。
 その頃から、意識して小説を読むようになったんです。芸人仲間から薦められて読んだ道尾秀介さんの『シャドウ』に、ミステリーの凄さと長篇の破壊力を教わりました。拳銃だけの装幀の絵に惹かれて買ったチャンドラー『ロング・グッドバイ』からは、視点を変えずに書く格好よさを学びました。そして、一人称だけで展開する長篇ミステリー『蟻地獄』を書いてみましたが、そこで初めて小説を書く苦しさも味わいましたね。完成まで二年半かかり、費やした時間は二千時間くらいになります。『トリガー』のときは描写に詰まってもとりあえず書き進めてしまいましたが、「納得いく描写ができるまで絶対に逃げずに考える」と決めたんです。その結果、丸一日考えても数行しか進まない、という日もありました。
 コントと小説の違いは? とよく訊かれますが、全く別物です。僕のコントの場合、観客に刷り込まれている「当然」を切り崩したり、ずらしたりすることによって笑いに持っていくものが多いので、下敷きになる話や場面が存在します。でも小説は大本から自分だけの世界を作らねばならず、もちろん何かを下敷きになんてしたらアウトです。だから、書くという行為は同じでも全然違うことをやっている感覚です。
『月の炎』も、自分ではミステリーだと思っています。読者のことを考えると、ミステリー的な仕掛けが施されていた方がお得感があると思うんですよ。書き手としては伏線を張ったり、読者に最後まで悟られないよう会話一つにも気を遣ったり、面倒な作業になります。でも、コントに"笑いどころ"を入れるのと同様に、仕掛けを作ってある方が安心して世に送り出すことができるんです。ネタバレになるので詳しく話すことはできませんが、ミステリーとして驚き、楽しんでいただけたら嬉しく思います。
 主人公は小学五年生の少年で、物語全体を彼の視点で描きました。ただ、「僕は......」と一人称で語らせるとどうしても使える言葉が制限され、読みにくくなってしまいます。子供に寄せた文体にはしましたが、子供っぽくなりすぎないように気をつけたつもりです。そしてこの作品にも自分の好きな物を登場させました。「ミニ四駆」です。僕自身がかつて夢中になりましたが、今の子供たちの間でも大人気なんです。そのほか僕が通った小学校の校舎の様子などを、そのままではありませんが、かなり投影させています。子供の本質的な部分ってそんなに変わらないんじゃないかと思いますので、あまり「今どきの子供」という意識は持たずに書きました。
 実は書き始めた段階では、舞台設定や主人公は同じですが、ストーリーの構想は全く異なっていました。はっきり言えば、結末は胸糞が悪くなるような話でした(笑)。でも、ミステリーとしては面白いだろうと思って書き進めたのですが、途中でその結末に向うことが苦痛になってきました。自分が乗って書いていないものを読者が喜ぶはずがないと思い、一旦捨てることにしたんです。そうしたら、ある晩寝る前に別の骨組みの物語が頭に浮かび、今の形になりました。自分でも驚きましたが、結果的にはよかったと思います。やたらに暴力的だった前二作とは違って、初めて小学生の甥っ子や姪っ子にも読ませることができる小説になりましたから(笑)。
 主に休みの日を執筆にあてていますが、書きはじめると外出もしたくなくなり、出前ばかりとるようになるんです。小説はかなりのエネルギーを必要としますが、自分がいなかったら存在しないものを生み出せることに魅力を感じています。頭の中にはまだストーリーがいくつもありますので、できれば死ぬまでにそれを全部放出したいですね。

 (いたくら・としゆき 芸人・作家)

最新のインタビュー

ページの先頭へ