書評・エッセイ

2018年4月号掲載

『草薙の剣』作家デビュー40周年記念特集

「人のいる日本」を描きたかった

橋本治

対象書籍名:『草薙の剣』
対象著者:橋本治
対象書籍ISBN:978-4-10-105419-3

『草薙の剣』は、私の作家デビュー四十周年の記念作品らしいです。他人事みたいな言い方ですが、私にはそんな自覚がありません。思ったのは「もう年だな」だけでした。
 こういうものを書こうと思ったのは今から八年前のことで、東日本大震災の起こる前年の秋です。その初めのタイトルは『四十の夏 六十の夏』というもので、なぜそんなへんなタイトルになったのかというと、その夏の東京の最高気温が連日35℃を超すというとんでもないものだったからで、「若い頃にエアコンのない夏を過ごしていた若者は、その後と今の夏をどう思っているのか?」と考えたからです。
 そういうことをお互いにあまり関係のない四十男と六十男を対象にして書こうと思ったのは、人ではなく社会――「人のいる時代」を書きたかったからですね。
 その以前に私は『巡礼』『橋』『リア家の人々』と三本の長篇小説を立て続けに書いて、それを「昭和三部作」という言われ方もしていましたが、私は「人」を書いたつもりで「時代」はその背景です。私には「昭和」という時代を特別視する頭も、その後の「今」を特別扱いする考えもなくて、それを言うなら、まだ「時代を描く」ということをしていない。それで「どうすりゃいいんだ?」とふらつきそうな頭で考えていたら、「難病です、すぐ入院して下さい」と言われて、たっぷり一年間、私の頭は使いものになりませんでした。
 東日本大震災の翌年になって『新潮』誌の担当者が「で、長篇の方はどうですか?」と言って来て、「四十と六十の二本じゃ時代を描く柱にはなんねェな、精々中年のノスタルジーだよな」と思って、もう一本柱を増やして『二十の夏 四十の夏 六十の夏』と考え方を改めたが、話を複雑にし過ぎてどう考えたらいいのか、その体力がないのでまた一年ぼーっとしていたら、今度は「現代の八つ墓村」と言われるような連続殺人放火事件が起こって、その犯人像が痛ましかったのでこれを小説にしようと考えましたが、『巡礼』の同工異曲にしかならないような気がしてやめました。
 それでまた年が過ぎて、二〇一四年になると「酒鬼薔薇世代の犯罪」というのが登場します。私には「酒鬼薔薇世代」という括りが意味を持って存在していたという認識がなく、「その世代の犯罪」が何年も前からあったということを知らなかったのですが、週刊誌の編集者が「その件についてどう思います?」とやって来たので「あったんだ」と思い、相手もまた「その世代」だったので、「あなたはどうなの?」と逆に尋ねてしまいました。その答が「やっぱりちょっと不安ですね」だったので、私はやっと「重要なのは事件の当事者ではない。事件の外にいる人だ」ということに気づきました。
 時代というものを作る膨大な数の「普通の人」は、みんな「事件の外にいる人」で、たとえ戦争の中にいても、身内が戦死したり空襲で家を焼かれたり死んだりした「被害者」でなければ、「自分達は戦争の中にいた当事者だ」という意識は生まれにくいでしょう。だから日本人は、戦争が終わっても、戦争を進めた政治家や軍人を声高に非難しなかったのでしょう。ただ空襲の跡の廃墟に立って、流れる雲を眺めている――それが日本人の「現実」との関わり方なんでしょう。
 アプローチの仕方は分かったので、二〇一四年に三十一歳になる酒鬼薔薇世代を軸にして、その年に六十一、五十一、四十一、二十一歳になる五人の人間を設定して、私の持っている一年刻みの年表に嵌め込んで、人間の造形をしました。「事件の外の人間」なので、それは当然「機械的に選ばれた任意の五人」でしかないわけですが、彼等の両親、あるいは祖父母がいつ生まれたのかという条件を同じ年表に嵌め込むと、日本人五人の興味深いプロトタイプが出来上がってしまいました。
 そういう準備を終えて二〇一五年に書き始めようとしたら、中学生になったばかりの男の子が冬の河原で仲間に殺されるという事件が起こったので、一年明けて十二歳になる人間も必要だなというので、登場人物は六人になり、その時点でまだポケモンGOは存在していませんでした。

 (はしもと・おさむ 作家)

最新の書評・エッセイ

ページの先頭へ