書評
2018年4月号掲載
〈日本ファンタジーノベル大賞〉復活記念特集
新たな門出にふさわしい、独創的なファンタジー
――柿村将彦「隣のずこずこ」
対象書籍名:『隣のずこずこ』
対象著者:柿村将彦
対象書籍ISBN:978-4-10-102441-7
酒見賢一、佐藤亜紀、佐藤哲也、池上永一、山之口洋、沢村凜、宇月原晴明、畠中恵、西崎憲、森見登美彦、越谷オサム、西條奈加、仁木英之、遠田潤子、小田雅久仁、勝山海百合、古谷田奈月......。数々の才能を世に送ってきた日本ファンタジーノベル大賞が、四年間の空白を経て、鮮やかに甦った。出版不況のこのご時世、小説新人賞が中断したり休止したり衣替えしたりはぜんぜん珍しくないが、一度休止してから復活するのはたいへん珍しい。もともとは後援だった版元が主催にまわるのも異例だが、新潮社にとって、それだけ大事な賞だったということか。と、新しい受賞作に触れる前に、過去二十五回の歴史を簡単にふりかえっておこう。
この賞の始まりは、国産ファンタジー小説の黎明期にあたる一九八九年。同じ年に創設された第1回ファンタジア大賞で準入選したのが、のちにライトノベル・ファンタジーの大看板となる神坂一『スレイヤーズ!』。児童文学の世界では、まさにこの年、上橋菜穂子が作家デビューを飾っている。そんなビッグイヤーに誕生した日本ファンタジーノベル大賞は、しかし、第1回の大賞受賞作に、狭義のファンタジー要素(魔法とかドラゴンとか)を含まない架空歴史小説、酒見賢一『後宮小説』を選んだことから、独自路線を歩みはじめる。第2回は鈴木光司が『楽園』で優秀賞。第3回は、佐藤亜紀の歴史幻想小説『バルタザールの遍歴』がダントツの評価で大賞を受賞。このあたりから、ジャンルの枠に収まらない、国産スリップストリーム文学の牙城というイメージが強くなる。佐藤哲也『イラハイ』(5回)、池上永一『バガージマヌパナス』(6回)、井村恭一『ベイスボイル・ブック』(9回)、粕谷知世『クロニカ』(13回)、西崎憲『世界の果ての庭』(14回)、平山瑞穂『ラス・マンチャス通信』(16回)、小田雅久仁『増大派に告ぐ』(21回)――という具合。
同時に、創設当初は、SF作家志望者の登竜門という役割も果たし、第4回優秀賞『昔、火星のあった場所』の北野勇作、第6回最終候補『ムジカ・マキーナ』の高野史緒、第7回優秀賞『糞袋』の藤田雅矢らが続々デビューしている。
一方、ファンタジー出版界では、九九年に大変動が起こる。ご存じ『ハリー・ポッターと賢者の石』の大ヒット。児童書の翻訳ファンタジーは空前の出版ラッシュとなり、やがて日本でも、(児童書でもライトノベルでもない)一般向けのファンタジーがジャンルとして確立。そんな時期にこの賞から出現したのが畠中恵の時代ファンタジー『しゃばけ』(13回優秀賞)。現在までにシリーズ累計800万部という驚異的な大ヒットとなり、第1回吉川英治文庫賞にも輝いた。
また、異色の妄想恋愛小説『太陽の塔』で第15回大賞を射止めた森見登美彦が『夜は短し歩けよ乙女』でミリオンセラーを記録して作品が続々アニメ化されたり、第3回最終候補作『六番目の小夜子』でデビューした恩田陸が『蜜蜂と遠雷』で直木賞と本屋大賞のダブル受賞を果たしたり、日本ファンタジーノベル大賞出身者の活躍は最近もつづいている。
しかし、二〇一三年、読売新聞社とともにこの賞を支えてきた清水建設(最初の十年間は三井不動産販売)が主催を降りたため、同賞は惜しまれながら休止することに。それから四年――。新潮社主催・読売新聞社後援の新体制のもと、前述の恩田陸、森見登美彦と萩尾望都を選考委員に迎えて昨年復活の狼煙を上げ、この春、めでたく最初の受賞作となる柿村将彦『隣のずこずこ』が出た。
この題名は、もちろん「となりのトトロ」を踏まえたものだろう(応募時タイトル「権三郎狸の話」)。語り手の女子中学生が暮らす(たぶん現代日本の)片田舎に人間サイズの狸(外見は信楽焼きそっくり)がやってきて......という導入は、なるほどジブリっぽい。しかし、版元ウェブサイトを見ると、本書のキャッチコピーいわく、「衝撃のゆるふわダークファンタジー」。何それ? 形容矛盾じゃないの? と思うわけだが、読んでみるとまさにこれ。"衝撃"と"ゆるふわ"と"ダーク"が違和感なく同居する不思議。たしかにファンタジーだが、一種の終末ものであり、愉快な家族小説であり、切ない思春期小説でもある。現在形を多用した力強く饒舌な語りと、胸に迫る喪失感......。舞城王太郎のデビュー作を初めて読んだときの感覚をちょっと思い出した。ファンタジーノベル大賞の新たな門出にふさわしい、独創的な傑作だ。
(おおもり・のぞみ 書評家)