対談・鼎談
2018年5月号掲載
『短歌と俳句の五十番勝負』刊行記念トークイベント@ラカグlakagū
対決! 短歌と俳句 公開勝負
堀本裕樹 × 穂村弘
人気の歌人と俳人が、50のお題で新作勝負。
その技を堪能できる本の刊行を記念して、プレイベントを行いました。
短歌と俳句、それぞれの魅力を存分にお楽しみください。
対象書籍名:『短歌と俳句の五十番勝負』
対象著者:穂村弘、堀本裕樹
対象書籍ISBN:978-4-10-104041-7
――みなさま、お集まりくださいまして、ありがとうございます。穂村弘さん、堀本裕樹さんです。今日は、「対決! 短歌と俳句 公開勝負」ということで、闘いの装束、忍者に扮していただきました。ポーズをとっていただきましょう。今日は本の表紙や帯のために、イベント前に、お二人の忍者画像を撮影しました。......それではよろしくお願いします。
堀本 重いですね、鎖鎌って。
穂村 この姿でスタジオで闘ったのですが、大変疲れました。
堀本 三時間くらい撮影しましたね。
穂村 忍者は重心が高くてはいけないと言われて、腰を落とすので、足がガクガクになりました。
堀本 短歌と俳句の対決、ということで闘ってみましたが、穂村さんは忍者になりたかったんですよね。
穂村 僕は忍者世代で、「伊賀の影丸」とか「サスケ」とか読んでいましたからね。忍者は、武士に比べてファンタスティックですよね。
堀本 確かにそうですね。今日は会場の皆様に勝負の判定をしていただき、この装束で二人で語ります。
――《波》で連載していた「俳句と短歌の待ち合わせ」では、さまざまな出題者にお題をいただいて、お二人に新作を作っていただきました。そのうちのいくつかの短歌と俳句をここで紹介しまして、どちらの勝ちか、会場の皆様にお聞きしたいと思います。スクリーンにお題と出題者、そして短歌と俳句を並べて映し出します。それぞれ、こちらが勝ち! と思う方に挙手をお願いします。
又吉直樹「唾」
穂村 自作を自分で読みましょう。最初は又吉直樹さん出題、「唾」。
文字に唾垂らしてこするなんとなくこれでも消えるような気がして
......という美しい作品です。
堀本 こちらは、
青き踏む唾棄すべきことこなごなに
という句です。
――勝負!(観客挙手)短歌45、俳句36。
堀本 負けました。
穂村 これは、季語がわからないんだと思います。僕も「青き踏む」が季語だとわからなかった。
堀本 春の季語で「踏青」とも言います。野山を歩く、散策する、ということですね。古くは陰暦の三月三日に中国の習俗で、野山を散策して宴を催すというのがあったということで、それを踏まえての季語です。今ではピクニックとか軽い意味でも使います。ちょっと特殊な季語かもしれないですね。
穂村 唾棄すべきこと、のイメージって、何かあるんですか。
堀本 僕は和歌山出身なんですが、東京に暮らしていて、何かいろんな汚れがつくような......。
穂村 「木綿のハンカチーフ」か。
堀本 それ、よくわからないです。
穂村 僕らの世代でないと......太田裕美の。YouTube で聴いてみて。「都会の絵の具に染まらないで帰って♪」
堀本 あ、知ってます、それね。
和歌山に帰って紀伊風土記の丘に登って風に吹かれたりすると、紀ノ川が一望できて、すごく気持ちがいいんです。そこには野原もあって、まさに、「青き踏む」。唾は、唾棄という熟語で入れました。
穂村 不思議な季語ですね。俳人はみんな知っているの? この季語。知っていた人いますか? あ、俳人の方々がいらしていますね。会場からも、何か聞いたらいいかもしれない。
堀本 ざっくばらんに話していただけたら、聞きたいですね。
穂村 自分の短歌のこと、ちょっと言ってもいいですか。こういうちょっと汚いことする男子っていますよね、汚いのが悪いんじゃなくて、考えが甘い。唾で何とかなるんじゃないか......僕はいまもそうなんだけど、性格が。たとえば、何か食べ物をこぼすと、だめだとわかっていても、こすってしまう。繊維がだめになって汚れは落ちず、服は傷むのに、やってしまう。そういうところをすごく気にしているんだけど、直せない。子供の頃からやってしまう。
堀本 絶対消えないですけどね。
穂村 でも直せないんですよ(笑)。
堀本 では、次に。出題は写真家のアラーキーです。
荒木経惟「挿入」
穂村 「挿入」、難しい題です。
堀本 僕から読みます。
挿入歌奏づるごとく若葉風
穂村 ちくわの穴にチーズ挿入したものを教卓に置き みんなで待った
堀本 おもろいですね。
――勝負! 俳句42、短歌37。
穂村 挿入歌なんてずるくないですか。逃げていません?
堀本 アラーキーの「挿入」で性的なことに引っ張られるのがいやだったので、他に言葉を探しました。
穂村 挿入歌は、ポピュラーな言葉だし、これはお題の恩寵があると思うんだけど、ナチュラルに作り続けていると、意外なことが書けなくなってきますよね。むちゃな題が出て、何とかしなきゃというのが非常事態宣言みたいな感じで、思いがけない言葉が出てくることがある。
堀本 そうですね。恩寵を感じます。
穂村 これ、すごくいい句だと思います。
堀本 勝負しているのに褒めていただける嬉しさ......穂村さんの歌、これもすごく面白い発想です。
穂村 これは実話で、小学校のときに、給食にちくわとチーズが出て、誰かがそれを挿入して教卓に置いて担任の先生を待った。そのときの緊張感とときめきを覚えていて、わくわくしながら待ったんですが、先生はそれを見て激怒して、泣いて帰ってしまって、みんなすごくびっくりして。まさかそんなことに......
堀本 ......なるとは思わなかった。
穂村 未来ってやはりわからないな、と思った、その時。まさか、そんな激烈な反応があるとは。僕のイメージでは、「何だこれ、パクン」みたいに食べちゃったりするんじゃないか、なんて勝手に思っていたので。
堀本 楽観的な見方ですね。
穂村 それで大人になってから、立食パーティーとか行ったら、我々が創作した、ちくわチーズがあるんですよ。
堀本 先駆けだったんですね。
穂村 他にもいろんなものがちくわの穴を利用して挿入されている。しかも上品な立食パーティーで。
堀本 今でも、そういうのを見たら思い出しますか、その先生のこと。
穂村 泣いたからね。先生が泣くとショック受けちゃうね、子供は。
堀本 インパクト強いですね。
穂村 でも、負けました。
――会場に手を挙げているかたが。
参加者 穂村さんにお伺いしたかったのですが、いまのちくわの歌で一文字あけているのは、何か意図とかあったのかな、と。
穂村 これは、みんなで、先生が来るまでドキドキしながら見つめた、その時間、ですよね。それをこの一拍で出せたら、ということです。
堀本 このスペースで、そういう時間性、ドキドキ感を出している。
穂村 短歌も俳句もだけれど、短いから、一連の出来事のどこを切り取るかで、個性が出ると思うんです。自分にとっては、「先生はどうなるんだろう」という、そのときめきがメインですから、一字あけて、みんなでそれを待ったことを書いています。短詩型は一種のトリミングが常に必要です。堀本さん、俳句には何かセオリーがありますか。
堀本 特にセオリーはないと思いますが、やはり俳句は省略の文芸なので、読み手に想像してもらう部分が、さらに多いですよね。
柳家喬太郎「舞台」
穂村 次は柳家喬太郎さんのお題、「舞台」。
堀本 船虫に舞台度胸のなかりけり
穂村 まっくらな舞台の上にひとひらの今ごろ降ってくる紙吹雪
堀本 ありますね、こういう風景。この歌、すごく好きです。この時間性がいいんですよね。本来落ちるべき時間に落ちてこなくて、今ごろ、ひらひら落ちてくるという、そこの時間差に美しさがある......穂村さんの美意識というか、世界観を感じるんです。好きな歌です。
穂村 本当は落ちてはいけないときに落ちてくると、はっとしません? 舞台はやっぱり特殊空間だから。
堀本 仮想の世界観ができているからちょっとしたことでも、あっと思っちゃう。そういう緊張感がある。
穂村 台詞を噛むのだって、日常ではよくあることだけど、舞台ではそうじゃないから。タイミング芸術ですからね。
堀本 この歌、いいですね。
穂村 この句は、船虫に舞台度胸っていうのが最初読んだとき、おかしくて。たぶん石とかをパッと上げると、その下にいる船虫が、ぱーっと一気に物凄い速さで逃げて、堂々としているやつは一匹もいない、ということですよね。
堀本 もうちょっと度胸があってもいいんじゃないの、と。
穂村 生存戦略がそうなっている。さっき我々が忍者の格好で外を歩いていたら、みんな目を合わせない。
堀本 目を背けられました、二人の少女に。子供は忍者がいたら、絶対見ちゃうものだと思いませんか?
穂村 いま、いかに世界がヤバいか、わかりますよね。生存戦略がスキルアップしていて。
堀本 完璧に本物のヤバい人かなって思われたのかもしれない。
穂村 この格好で、新潮社のトイレに行く途中、会議をしている部屋の前を通ると、「天誅!」なんて、躍りこんで行きたくなった――あれは、何だろうね。
堀本 面白い経験ですよね。ぼくらも舞台度胸がないのかもしれない。
――勝負! 短歌52、俳句26。
壇蜜「安普請」
穂村 このお題も、壇蜜さんという人の内面を感じさせる。安普請なんて、今どき死語に近い言葉です。
堀本 壇蜜さんらしいです。
穂村 いかに単純ではないかということを感じさせます。
堀本 僕の句。
鎌風の抜け道のある安普請
穂村さんは......
穂村 安普請の床を鳴らして恋人が銀河革命体操をする
堀本 また、妙な言葉が出てきましたね。「銀河革命体操」。
穂村 鎌風っていうのは、かまいたちですか。
堀本 かまいたちって妖怪がいて――いるのか、わからないけど――肌をビシッと切るみたいな意味合いがあって、冬の季語です。その鎌風の、かまいたちの抜け道がある。
穂村 そんな家、住めないよね。
堀本 絶対嫌だ、怖い家だなと思って作りました。穂村さんの「銀河革命体操」とは?
穂村 学生の頃、年上の女性と一緒に住んでいて、ぼくはまだ若かったから、いろんなことを教えて貰った。ストレッチなんていう言葉もまだなくて、彼女から教わりました。その人は当時は獣医を目指していたんですが、最近検索してみたら、オイリュトミーの指導者になっていました――僕の仲良かった友達は、みんなスピリチュアルになる(笑)。
堀本 妖精でしょうか......。
穂村 そんなことを思い出して、自分なりの解釈で「銀河革命体操」。創始者のシュタイナーは銀河系の範囲内では自分は不死だと言っていたんです。ただし、ジャガイモさえ食べなければ......って。
堀本 なぜにジャガイモ。
穂村 謎ですが......本で読んだんです。実際は六十代で死んでいます。たぶんジャガイモを食べたんだと思うんだけど。
堀本 歌の背景の物語も面白い。
――勝負! 俳句45、短歌33。
穂村 安普請なんて、自分からそんな言葉を入れて作らないから、面白かった。つい自分が作りやすい題を勝手に頭の中で......堀本さんはどんな言葉が出やすいですか?
堀本 角川春樹さんのところにいたときは、晩夏、とか、晩夏光。
穂村 かっこいいもんね。超二枚目路線。塚本邦雄だと「はつなつ」です。
堀本 やりたくなるんですよね。
穂村 短歌の世界では、塚本にかぶれると、はつなつ、と平仮名で書いてうっとり、みたいな。加藤治郎は「水滴」。水滴と入れれば魅入られたようにその歌を選んじゃう。
堀本 ありますね。僕は楽器が好きで、音楽関係を出すと堀本が選ぶって言われます。
穂村 僕は一時期「まみれる」が好きで、その字を見ると、採りたくてたまらなくなってしまった。そんな単純なことなのかと思うんですが、そのプリミティブな感情に抗い難いんです。
馬場あき子「ぴょんぴょん」
堀本 ラストは、連載50回最後の出題、短歌界の重鎮、馬場あき子さんの「ぴょんぴょん」です。僕は、
ぴよんぴよんと熊楠跳ねて秋の山
穂村 ぴょんぴょんとサメたちの背を跳んでゆくウサギよ明日(あした)の夢を見ている
堀本 迷ったのは明日をどう読むか、だったんですね、「あす」か「あした」か。
穂村 あす、だと字余りにならないんですけれどね......。
――勝負! 俳句43、短歌32。
穂村 負けた。この句はいい句だと思います。自信作でしょう。
堀本 最終回ですから、やはりど真ん中のところを出してこようかと。故郷が和歌山の熊野なので。
穂村 南方熊楠(みなかたくまぐす)。
堀本 民俗学者であり博物学者の熊楠。何かこういうイメージがあるんです。
穂村 柳田國男や折口信夫では「ぴょんぴょん」って感じがない。「ずるずると折口這って」みたいな。
堀本 もうちょっとおどろおどろしい。
穂村 熊楠は、キノコを両手に持ってぴょんぴょんしている......天衣無縫なイメージですね。遠くのあの山の中で熊楠がぴょんぴょん跳ねているみたいな......遠近感の変動がこの句にはあります。イナバの白ウサギでは熊楠には勝てないです。
(ほりもと・ゆうき 俳人)
(ほむら・ひろし 歌人)