書評・エッセイ

2018年7月号掲載

『星夜航行』刊行記念特集

激動する現代のアジアをも見通す祈り

姜尚中

対象書籍名:『星夜航行』(上巻・下巻)
対象著者:飯嶋和一
対象書籍ISBN:978-4-10-103241-2/978-4-10-103242-9

 叙事詩的な小説でありながら、リリシズム(叙情詩的な趣)の香りのする小説に出逢うことは滅多にあるものではない。歴史小説というジャンルでその滅多にない体験をしたのは、経済小説の草分けと言われた城山三郎の『黄金の日日』くらいだろうか。そして本書を読み進みながら、頭を掠めたのは、『黄金の日日』のことだった。
 実際、本書にも、安土桃山時代にルソンに渡り、海外貿易を通じて巨万の富を築いた、和泉国堺の伝説的な豪商呂宋(るそん)助左衛門(菜屋助左衛門)が登場する。
『黄金の日日』は、日本史上で人気が高く、今でもヒーローとしてもてはやされている太閤(豊臣)秀吉を悪役として描き、後の身分制では最も卑しいクラスに位置付けられる商人を主人公に激動の近世日本の断面を描き出した点で出色の歴史小説である。
 それが、叙事詩的な体裁を取りながらも、随所にリリカルな香りを発散させているのは、主人公やその周辺の人々の情念や息遣いが見事に造形化されているからである。
『星夜航行』もまた、『黄金の日日』と同じように、叙事詩的でありながら、リリシズムの香りのする稀有な小説である。なぜそうなのか。
 それは、何よりも主人公、沢瀬甚五郎によるところが大きい。史料に名を残す実在の人物でありながら、言うまでもなく、信長や秀吉、家康に較べたら、星屑のような輝きしか残さなかった人物かもしれない。
 しかし、徳川家の「逆臣の遺児」として不遇の星のもとに生まれながら、戦国から天下統一、そして南蛮交易、「朝鮮出兵」(文禄・慶長の役)と続く波乱の時代を、三河から堺、九州、ルソン、朝鮮と、数奇な運命とともに生き抜いた主人公には、信長や秀吉、家康にはないものがある。それは、『黄金の日日』の主人公にも通じるリリシズムである。
 戦国・安土桃山時代、さらに幕末と、叙事詩的な英雄譚や偉人伝には事欠かない。しかし、それらの多くが、どこかで人間の陰影、その喜びや悲しみの深さを描けていないように思えてならないのは、主人公にリリカルなものが欠けているからではないだろうか。
『黄金の日日』の呂宋助左衛門と『星夜航行』の沢瀬甚五郎に共通するのは、彼らがスターダストの中の一つに過ぎないことを心得ていることである。
 ただし、違いもある。助左衛門は、根っからの商人であるが、甚五郎は、喩えて言えば、藤沢周平の作品に出でくるような「武士(もののふ)」である。
 その武士が、出奔し、流転の果てに秀吉の「朝鮮出兵」に巻き込まれ、戦(いくさ)の惨さを知っていく場面は圧巻である。主人公と同じくかつて徳川家に仕え、恩人である磯貝小左衛門の述懐は、胸を打つ。
「この戦乱で最も苦しんでいるのは、衆生、下々の民である。この朝鮮でも、日本でも、恐らく明国でも、最も厄災をこうむるのは、いずこによらず民草なのだ」
 この世が地獄であっても、いつかは観世音菩薩があらゆる国土にその姿を現すことになる。この願いこそ、主人公が流転の果てに得たものである。
 それは、激動する現代の東アジアをも見通す祈りでもある。主人公の甚五郎が、征夷大将軍になっていた家康に謁見するシーンは、その祈りがただの夢ではないことを暗示しているようで、深く心を揺さぶる。
『星夜航行』は、『黄金の日日』を受け継ぎながら、さらにそれを超える不朽の名作として読み継がれていくに違いない。

 (かん・さんじゅん 東京大学名誉教授)

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