書評

2018年7月号掲載

映画のことを話すのは楽しい!

――井上荒野・江國香織『あの映画みた?』

山内マリコ

対象書籍名:『あの映画みた?』
対象著者:井上荒野・江國香織
対象書籍ISBN:978-4-10-473152-7

 映画の話は楽しい。それは、小説や音楽、演劇のことを話すより、なぜだか群を抜いて楽しい。仲良しの作家二人による映画対談集『あの映画みた?』では、「いい女」や「いい男」、はたまた「ラブシーン」「三角関係」「食べもの」「子供」「老人」といったテーマごとに、お互いが思いつくまま、好きな映画を存分に語っている。
 井上荒野と江國香織は三十年来の友人で共に映画好き。この二人が、「一緒に食事をしたりお酒を飲んだり」しながら映画の話をしている場面を想像するだけで、なんだか豊かな気持ちになってくる。気の合う者同士の会話は、「そうそう」と肯定し合ううち、二人でしか行けない高みに達して、本人すら気づいていなかった自己発見にいたったりする。その瞬間のスパークが、本書にはあふれている。
 たとえば「いい女」。二人とも挙げた『髪結いの亭主』のアンナ・ガリエナが、『ハモンハモン』でお母さん役を演じていた女優と気づき、井上さんは「どうも私は、動じない女に『いい女』を感じるみたい」と得心する。一方、江國さんが「いい女」を感じるツボは、「家族のために奮闘する女」と「復讐する女」。そこに共通するものはなんだろう。井上さんが「自分で決めたら、それが社会的に正しかろうと正しくなかろうとやり遂げる女」とトスをあげるのを受けて、江國さんは「そう! 社会通念より個人の正義!」とアタックを決める。映画好きの友とでしかできない、感受性を探求する共同作業。さらには二人で、「男とうまくいっていない時の女の対応に」「『いい女』度が問われる」という発見に至るのである。こういう会話は楽しい!
 もちろん肯定し合うだけではない。ちょっとした意見の齟齬にこそ対談の醍醐味がある。「いやな女」でまっさきに名前が挙がった『卒業』のミセス・ロビンソン。自分は若い男を誘惑しながらも、娘には保守的な結婚をさせようとする。このダブルスタンダードを江國さんは、「今の結婚が満ち足りていないからこそ、娘には安全な結婚をさせたいのかと思った」と言い、井上さんは「彼女は意に沿わぬ結婚をして、今が幸せじゃないから、娘をあまり幸せにはしたくないんだと思う」と指摘。いずれも考えさせる意見であり、同時にそれぞれの性質の違いも垣間見える。二人とも女の欲望の美化に引っかかったという『ピアノ・レッスン』、主人公の最後について、「言い訳がましくていらっとする」井上さんに対し、「うーん。でも、私、あのシーンは好きだった。業の深さの映画だから」と言う江國さん。「そうか、業ね。キレイにまとめてないという見方もできるんだね」と井上さんが受け入れる流れもいい。「やっぱりいやな女は、魅力的な女になっちゃうんだよ」(江國)、「いやな男って思うのは、つまんない男だね」(井上)という結論も最高だ。
 映画の話をしていたら、思いがけないアフォリズムが飛び出すことがある。テーマ「三角関係」における「意外と恋情というものはあてにならない」(井上)「友情のほうがよっぽどあてになります」(江國)なんて、この二人が言うとぐっと含蓄が増す。
 人間、いい映画を観ると、誰かと感動を分かち合いたくなる。好きな映画を心ゆくまで語れる友だちがいることは素晴らしい。井上さんが『髪結いの亭主』でアンナ・ガリエナが着ていた「ああいうワンピースがどこかにないかなって探した時期があった」こと、『籠の中の乙女』のあらすじを聞いただけで「私その映画すごく好きそう!」と昂奮する江國さん。こういうところもすごくいい。
 映画のことを話すのは、本当に本当に楽しいのだ。

 (やまうち・まりこ 作家)

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