書評

2018年9月号掲載

密室殺人の謎を解き明かす若き日の名探偵

――島田荘司『鳥居の密室 世界にただひとりのサンタクロース』

千街晶之

対象書籍名:『鳥居の密室 世界にただひとりのサンタクロース』
対象著者:島田荘司
対象書籍ISBN:978-4-10-103316-7

 約四十年前の迷宮入り大量バラバラ殺人事件を解明する『占星術殺人事件』、北の果ての奇妙な館で連続殺人が進行する『斜め屋敷の犯罪』、怪奇もここに極まれりという印象の『暗闇坂の人喰いの木』、ニューヨークの摩天楼で不可解な事件が繰り広げられる『摩天楼の怪人』......等々、島田荘司の御手洗潔シリーズといえば、余人が思いつかない奇想と大胆な謎解きの融合で読者を魅了してきた。その新作である『鳥居の密室 世界にただひとりのサンタクロース』は、2016年刊の『屋上の道化たち』(ノベルス版で『屋上』と改題)以来、二年ぶりの御手洗シリーズの長篇だが、まずユニークなタイトルが目を引く。「鳥居の密室」といういかにも古典的なイメージと、「世界にただひとりのサンタクロース」というキャッチーな副題とのギャップが、一体どのような物語なのかという興味を掻き立てずにはおかないだろう。
 そして、御手洗シリーズ中、本書は些(いささ)か珍しい経緯で書かれた作品でもある。というのも、本書と同時に新潮文庫nexから刊行される密室テーマのアンソロジー『鍵のかかった部屋 5つの密室』のために島田が書き下ろした短篇「世界にただひとりのサンタクロース」が、本書の一部として組み込まれているからだ。これはもともと、アンソロジー用の短篇を構想しているうちに、島田の脳内で物語が長篇へと膨らんでいったという事情によるらしい。
 さて本書は、複数の時系列を往還する構成だが、御手洗が登場するのは1975年の冬で、舞台は京都。二十歳そこそこでコロンビア大学の助教授となった御手洗が、世界一周の果てに京都大学医学部に入学したのが1974年なので、その時期の若き御手洗が描かれ、『御手洗潔と進々堂珈琲』でお馴染みの予備校生・サトルも登場する。リアルタイムの事件ではなく、過去の謎を御手洗が解明する点は『占星術殺人事件』を彷彿させる。
 サトルと同じ予備校に通う榊楓(さかきかえで)は、八歳の時に体験した奇妙な出来事について御手洗に語る。サンタクロースを今も信じているという楓は、その理由として、八歳の時のクリスマス、密室状態で誰も出入りできない筈の家に彼女へのプレゼントが置かれていたという不思議な体験を挙げる。だが、その日は彼女にとって嬉しい出来事だけが起きたわけではない。彼女の母親・半井(なからい)澄子が同じ家の中で絞殺され、父親の肇(はじめ)は電車に飛び込み自殺を遂げたのだ。肇の遺書の内容から、彼が経営していた工場の従業員・国丸(くにまる)信二が澄子殺害の犯人として逮捕される。しかし、半井家は扉も窓もすべて施錠されていた。密室状態の半井家に出入りしたサンタクロースと殺人犯は同一人物か、別人か。同じ時期、近所では何故かトラブルが続発し、おぞましい落武者の幽霊を目撃した者さえいた。この約十年前の謎に御手洗が出した答えとは?
 短篇「世界にただひとりのサンタクロース」は、この奇怪な密室殺人(および、密室に出現したサンタクロースの謎)と、その解明を描いている。密室の謎が軸となるのは長篇版も同様ではあるが、短篇版にはないエピソードもある。楓は両親の死後、肇の姉である榊美子(よしこ)に引き取られるが、この伯母が経営する喫茶店「猿時計」で、特定の時計の振り子だけが動き出すという怪現象が起きたのだ。
 本書と短篇版との大きな違いはまだある。短篇版では直接の出番が少ない国丸信二の登場するパートが大幅に増えており、中盤における実質的な主役という印象さえ受ける点である。
 短篇は短篇で、不可能犯罪とその解明を鮮やかに描いているし、国丸の不可解な行動の理由も説明される。本格ミステリとしてのまとまりの良さならこちらのヴァージョンが上だ。しかし、事件の謎自体は御手洗によって解き明かされても、世間的にこの事件がどう決着したのかについては言及されていない。一方、長篇では、国丸という男の人生をより深く掘り下げることで、彼の心理に説得力が付与されているし、事件の決着も感動を呼ぶ。
 国丸のみならず、短篇版では名前しか紹介されない美子も含む事件関係者たちの肖像が、長篇ではひとりひとり丁寧に描かれ、各自の人生がありありと浮かび上がってくるのが本書の特色と言える。切れ味重視の短篇とは異なる、長篇小説ならではの面白さがそこにはある。著者の小説作法を知る上でも、両方のヴァージョンに目を通すのがベストの読み方だ。

 (せんがい・あきゆき 文芸評論家)

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