書評
2018年10月号掲載
いまこそ「道徳」を大人が語ろう
森口朗『誰が「道徳」を殺すのか 徹底検証「特別の教科 道徳」』
対象書籍名:『誰が「道徳」を殺すのか 徹底検証「特別の教科 道徳」』
対象著者:森口朗
対象書籍ISBN:978-4-10-610783-2
今年の春から小学校の道徳が大きく変わりました。これまでは、学校の教師や校長が「道徳の時間」と称しながら、何をやっても自由だったのです。正式科目の国語や算数と異なり、特別活動などと同じ「領域」に位置付けられていたのです。
これが戦後はじめて、授業の一つになりました。名前は「特別の教科 道徳」と逆に難しくなりますが、来年には中学でも始まることになります。
さて、これによって道徳は変わるのでしょうか。それは、これまで教えられていた「道徳」によって違います。これまでも副読本という名の「教科書っぽい」本が沢山ありました。それを使って授業をしていた先生は「教科書っぽい」本が「教科書」に変わるだけで、大きな変化とは思わないでしょう。でも、日本には「教科書っぽい」本を一切使用しない先生もいます。
そういう人たちが「特別の教科 道徳」でどのように動くつもりか。これまで通りの授業を行うのか、またそれを学校や自治体が受け入れるか否か――。こういった教育現場の問題とは別に、世界からやって来る人たち、とりわけ小中学生の子どもとその保護者にとっては、道徳は祖国で教えられるものと全然違うと感じるはずです。
というのは、道徳は宗教と不可分な関係が大きいだけでなく、どの宗教を評価するかも国によって異なるからです。例えば、ヨーロッパのある国では、学校での某宗教教育を公的なものと認めていますが、別の国では宗教そのものを敵視している、それが現実なのです。
では、日本はどうでしょう。宗教はメジャーだろうがマイナーだろうが、全て道徳教育から外されるのが基本です。ヨーロッパやアメリカのように、宗教が学校教育と不可分なところからすると、随分、日本は変に見えるかもしれません。
ただ、その中でフランスだけは違います。圧倒的にカソリックが多いにも拘らず、学校教育では宗教排除というスタンスを明確にしているのです。
だからと言って日本とフランスが似ているとは言えず、むしろ実態としては真逆な面のあることもお伝えしておきましょう。フランスにおいて、21世紀に問題になっているのはキリスト教ではなくイスラム教です。学校でその教義を教えないだけでなく、生徒がイスラム教徒らしい姿をすることさえ否定しています。対して、日本の学校では、各人が宗教に則った姿をするのは自由です。道徳の中身について言えば、エリートかノンエリートかを問わず、これから世界中の人と付き合っていかなければならない子どもたちには「信仰」の存在とそれに敬意を払うことの重要性を教えておくべきではないか、というのが私の意見です。
「道徳」の周りには様々な意見がありますが、肯定する人も否定する人も見方が小さくなりがちです。本書では、各国事情から歴史的経緯まで、様々な視点を提示できればと思っています。
(もりぐち・あきら 教育評論家)