対談・鼎談
2018年11月号掲載
『犬も食わない』刊行記念対談 特集*ダイアローグ!
半分の「わからない」をぶつけあう
尾崎世界観(クリープハイプ) × 千早茜
同棲カップルの男性視点を尾崎氏、女性視点を千早氏が描いた共作小説『犬も食わない』。
男女の本音が詰まった“究極の恋愛小説”ができるまでを、二人で振り返ります。
対象書籍名:『犬も食わない』
対象著者:尾崎世界観/千早茜
対象書籍ISBN:978-4-10-104451-4
共作小説でMCバトル
千早 初めてお会いしたのは二年前、尾崎さんの一作目の小説『祐介』(文藝春秋)の刊行記念対談でしたね。
尾崎 雨の公園で写真撮影もしましたね。
千早 私はクリープハイプファンなので、とても緊張していました。対談で、尾崎さんは「一作一作、読者の期待を裏切っていきたい」と話していて、それは尾崎さんの音楽活動からも感じていました。私も、当時小説家になって八年目で、作品に違和感を入れていきたいと考えていました。それは他の人と一緒にやることでも出せるのではと、対談後に尾崎さんにご相談しました。何より尾崎さんの小説をもっと読みたかったので。
尾崎 僕は『祐介』を書き終わったばかりで、すぐに二作目の小説を書こうとは思っていなかったのですが、千早さんに声をかけていただいて、また、共作という形だったので取り組めました。
千早 それで「yom yom」で連載することに決まりました。初回の打ち合わせのメモに"編集長、赤面"とありますね。
尾崎 イケメンじゃなくて赤面編集長!
千早 担当編集さんが、「編集長、クリープハイプの大ファンなんですよ」とバラしちゃったんですよね。懐かしいです。打ち合わせでは、写真に物語をつけるとか、季節ごとに四組のカップルを書くとか、たくさん案がでて。尾崎さんがだしてくれた案から、"MCバトル"小説を書こうと決まりました。
尾崎 ラッパー同士が交互に罵り合う、これを小説でやってみたかったんです。
千早 喧嘩がテーマに決まり、大阪で続きの打ち合わせをしましたね。
尾崎 はい。ツアーの大阪公演の翌日で、僕がひどい二日酔いでした。
千早 でも尾崎さんのおかげで、登場人物の職業や年齢など、タイトル以外の設定はこの日にほとんど決まりましたよ。
尾崎 もう内容で挽回しないと信頼を失うと思って、アイディアをどんどん出したんです。何とかして結果を残さねばと。
千早 このとき尾崎さんがだしたタイトル案に「腐人口論」がありました。
尾崎 それは編集さんNGでしたね。男性主人公のイメージと作業員という職業は、三歳下の弟がモデルです。それに、僕が毎年大晦日と正月に会う高校時代の友人二人の苗字と名前を組み合わせて、〈桜沢大輔〉にしました。
千早 弟さんの写真も見せてもらって。あまり似ていませんよね。尾崎さんより年上に見えて、ちょっと色っぽい。
尾崎 EXILE のオーディションに落ちた人、という感じの男です(笑)。
千早 女性主人公は大輔より三つ年上、二十代後半の派遣秘書で、自分の名前が嫌いな〈二条福〉。尾崎さんが書く大輔編、私が書く福編の前・後編で一つの物語として掲載しました。毎回書く順番は入れ替えましたが、後攻は尾崎さんの原稿を一番に読めるのが嬉しかったです。
尾崎 大輔編、福編で分かれていても二人は両方に登場します。それで千早さんと僕がそれぞれ受け持つ大輔と福の人間像があったじゃないですか。自分が書いたものがそこからズレていないか心配で、お互いによく相談をしていましたし、毎回、丁寧に「新潮社クラブ」で打ち合わせをしました。
千早 テーブルにおやつもいっぱいでピクニックみたいでしたよね。いつも尾崎さんの不思議な提案が楽しかったです。大阪の日はずっと「出会いは、遅刻して食パンをくわえて走ってたら曲がり角でぶつかる、みたいなのをやりたい」と仰っていて。まだ最初の頃で、本気なのか冗談なのかわからず困惑しました(笑)。
尾崎 「何だこいつ」と思って学校に行ったら、転校生紹介で顔を合わせて「あー!!」「じゃああいつの隣に座れ」で「フン!」と口をきかない、みたいな(笑)。
千早 王道少女漫画ですね......。具合悪いはずなのに、と思いながら聞いていました。でも実際にこれを発展させたものが、大輔と福の出会いになりましたね。
尾崎 そうですね、出会い頭の衝突です。それでいざ口喧嘩を書こうとなったら、千早さんに「罵れない」という壁がありました。「文章でそんなに人を悪しざまに言えないです......」と。
千早 尾崎さんの人の蔑み方は徹底しています。きっと、辛い思いも沢山してきたんだろうなと。やはり知らなきゃ書けないですよね。でも私はそこまで憎むことも憎まれることもなくて。
尾崎 その点、千早さんは『犬も食わない』は"真ん中"のイメージで書いていると思いました。
千早 真ん中ですか?
尾崎 作品ごとに振り幅があるじゃないですか。例えば『正しい女たち』(文藝春秋)を読ませていただいて、やっぱり共作では爪を隠したままだったんだと怖くなりました。一作ごとにスイッチが違うんですか?
千早 違いますね。『正しい―』は露悪的に書きました。『犬―』でも一瞬爪はだしていますよ、福が大輔を突き放す場面で。ただこっちでは、私は受けの気持ちで始めました。尾崎さんがどんな球を投げても、真ん中にいたら拾いに行けるなと。
尾崎 守備位置を。
千早 ニュートラルに。
尾崎 そうだったんですね。僕は"真ん中"から置いて行かれないように、行き過ぎないように、焦っていました。それと、あまり長く書けなくて。最初の頃は詩のような文になってしまいました。
千早 シーンは思い浮かんでも、繋げ方で困っていましたよね。逆に私は短いと難しくて、単行本書き下ろしの「間奏」は、尾崎さんに何度も相談しました。尾崎さんは場面の切り取り方が見事です。
尾崎 やっぱり歌詞に近いので、短いほうが書き慣れていますね。
千早 上から目線な言い方になってしまいますが、尾崎さんどんどん巧くなりましたよね。大輔がとんでもない行動をする第四回からの後半三回が特に。最後の第六回は手紙がテーマになりましたが、尾崎さんが巧すぎて私は書き直しました。
尾崎 嬉しいです。ラストだけちょっと優しすぎたんですよね。
撮影:新潮社写真部
千早 修正する勘も鋭い人。熱量を逃がさないようにして書くタイプで、ひとつひとつの表現が生々しい。そこを残して直してますよね。
尾崎 変な所も直しすぎないようにこだわりました。せっかく小説が本職でない人間が書かせてもらう以上、たとえ下手だと思われても、それと引き換えに違和感を残せたらいいと思っていました。
千早 下手じゃないですよ。
尾崎 足元がおぼつかない感じの第一回、第二回も、いとしいです。第一回の時はまだ、ポメラを使っていましたよね。
千早 忘れられないです。尾崎さんから原稿を一度読んでほしいと連絡があって、でも「ポメラから送れない!」と(笑)。
尾崎 この連載のためにポメラを買ったんです、連載に向けての気合を入れて。なぜかパソコンじゃなくてポメラを使うのが格好いいと思っていて。それで、ポメラで書いて、いざ送ろうとしたら送れない。最終的にポメラのディスプレイを iPhone のカメラで撮って、写真を千早さんに送るという、最悪なことをしました......。七、八枚は送りましたよね。
千早 あの時は締切前で真剣にやり取りをしていたから言いませんでしたが、可笑しくて、死ぬほど笑ってました。
尾崎 次の回からポメラをやめました(笑)。
"わからない"人間を書く
千早 大輔は回を追うごとに可愛くなりましたよね。部屋をあえて散らかそうとベッドにダイブするとか、意味がわからなくて面白かった。私の小説は、例えば『あとかた』(新潮文庫)は章ごとに様々な人の視点になりますが、章が変わる度に登場人物たちの気持ちが理解できる。でも「この人のこと全然わからない」という部分が人間にはあって、そこを入れたほうがよりリアルです。尾崎さんの書く人物は、大輔の職場の先輩〈他弁〉といった脇役も、人としてむちゃくちゃで、魅力的でした。
尾崎 僕もそれこそ、福のOLの感覚はやっぱりわからなかったですよ。
千早 でも、女性視点の歌詞はよく書かれますよね。
尾崎 福みたいなタイプは自分の中にはあまり入っていないので、新鮮でした。この、半分は自分が知らない経験や感覚で物語が進んでいくというのが面白かったです。半分しかできないという制限もありますけど、半分だからこそ体力が残っていて、やりたいことをやれました。そして千早さんが何とか持っていってくれる、という安心感もありました。
千早 安心してもらえてよかったです。私は最初に人物像を作りこみますが、尾崎さんは作らないですよね。尾崎さんは長台詞も巧くて、第二回のキレた大輔の罵倒長台詞も強烈でした。これも、人物像を作らなくても書けるんですか?
尾崎 会話の描写で自然と出てきます。
千早 すごい。なぜ"わからない人"のこともここまで書けるんですか?
尾崎 わからないからです。歌詞についてもよく「女性の気持ちをなぜ書けるのか」と聞かれますが、わからないからこそ自由に書ける。責任がないじゃないですか、全く理解できない人のことは。
千早 でも当たっているんです。尾崎さんのエッセイで"バイトを張り切る人"の台詞として「なんなら仕事してる方が楽なんで」「止まっちゃうと逆に疲れちゃう」といったものがあって。私もバイトリーダータイプだったので、こういうこと言っていたなと。自分が居心地の良い場で鼻高々になっている人はこんな風に見られていたのか、と落ち込みました。
尾崎 こっちは仕事ができない人間だからそういう風に見るしかないんです。よく友達にも「お前らバイトリーダーになったら終わりだぞ。バンドマンが偉くなったらだめだ」と言っていました。人は仕事ができなくて居心地が悪い人と、できて居心地が良い人に二分化されていて、それぞれそう思うしかないんです。
千早 でも、バイト同士。同じ立場でお互いを笑い合っているんですよね。
尾崎 そうですね。考えてみれば、福と大輔は、バイトリーダーと、バイトリーダーになれなかった人の関係ですね。
千早 たしかにそうですね。
尾崎 福と大輔は、すごく"合っている"わけじゃない、ある意味カップルとしてはスタンダードな二人じゃないですか。
千早 どこにでもいるような、駄目な惰性カップルですよね。
尾崎 僕は人の良い所じゃなくて悪い所を見て、「あ、ここ違うな」と思ってしまうタイプですが、そういう風に思い合う恋人同士も多いと思うんです。
千早 大輔が「福に対して食えない部分が増えて来た」と考える場面がありますが、これはわかります。付き合うと、相手の本質が見えてきますよね。
尾崎 でも、それで嫌いになるわけじゃなくて、見えてきたからこそ愛着が沸くこともあります。
千早 それを知っているのは自分だけ、という執着になるんですよね。
尾崎 こんな嫌な所があったけど、もし次の人が逆にそこを好きだったら悔しいから離れられない、という気持ちにもなる。......きっとこの作品を読んでも、「で、何なの?」と言う人はいると思います。
千早 "永遠の愛"みたいな物語を求めている人には、「何が言いたいんだ、この小説」となるでしょうね。
尾崎 「泣けます!」とか、そういうわかりやすい作品ではないです。何が言いたいのかと言われたら、パッと答えられない。テーマを決めて書いていく中でも、若干視界がクリアになる瞬間があって、それだけで嬉しいというか。
千早 私もまだ答えはでていないです。こうして本がでてお話しする機会の中でも、見えてくるものがあると思います。
尾崎 問題を見てすぐに「無理です」と諦めるのではなくて、考え続けた結果としての答えのなさですね。「答えがないなら同じだ」と思う人より、この考えた時間が大事だったと思える、そんな人に届けられたら嬉しいです。僕自身、映画も小説もそういう作品に救われて生きてきたので、千早さんと作れたこの作品で、少し恩返しをできたような気持ちです。
(おざき・せかいかん ミュージシャン/作家)
(ちはや・あかね 作家)