対談・鼎談
2018年11月号掲載
特集*ダイアローグ!
新潮文庫『永遠とは違う一日』刊行記念対談 @la kagū(ラカグ)
キャラでもアクセサリーでもなくて
阿川佐和子 × 押切もえ
私たち、〈三流会〉のメンバーです!
身長差19cmの二人が語る、小説家という仕事、少女時代の思い出、そして結婚――。
対象書籍名:『永遠とは違う一日』(新潮文庫)
対象著者:押切もえ
対象書籍ISBN:978-4-10-121551-8
阿川 今日は、押切さんの二作目の小説――名作です!――『永遠とは違う一日』文庫化を記念したトークショーです。なんでアガワが相手なんだと思う方もいらっしゃるかもしれませんが。押切さんと私は......いやこの呼び方は慣れないな。もえちゃんとは「スタ☆メン」というTV番組で一緒にレギュラー出演していて。
押切 十年以上前でしょうか(2005~2007年)。日曜日の夜十時からの生放送で、阿川さんと爆笑問題さんが司会でした。
阿川 もえちゃんと田丸麻紀ちゃんと吹石一恵ちゃんが、週替わりのコメンテーターとして出てくださった。もえちゃんが大変な勉強家であることを知ったのはこのときですね。
押切 とんでもないです。
阿川 当時CanCamのトップモデルで大忙しだったもえちゃんに政治や経済のことなんて聞いていいのかな、と私はためらっていたのね。でも、新聞はくまなく読む、ニュース番組はしっかり見てくる。どんな話題を振られても自分なりに答えようと努力していて。私こそスタッフに怒られましたよ、阿川さんももっと勉強して下さいよ、と。
押切 阿川さんに助けられていただけです。
阿川 もえちゃんはそんな高評価だったのに、あろうことか......。ある日曜日、コメンテーターのお三方のどなたもスケジュールが合わなくて、ピンチヒッターとして渡辺満里奈さんが出て下さったんですね。もえちゃんたちよりも年上でテレビでもベテラン。だからつい、生放送で「今日のゲストは渡辺満里奈さんです。この番組もついに一流になりました」って言っちゃったの(会場笑)。
押切 そこに爆笑問題さんがツッコミを入れて......。
阿川 「もえちゃんたちが二流だってことか!」と怒られて。「いやいや、そういう意味ではなくて、満里奈さんには何を振っても大丈夫っていうか......」「もえちゃんたちには振ったらダメだってことか!」。言えば言うほどドツボに嵌ってしまって。慌ててお詫びの連絡をしたら「見ましたけど全然気になりませんでしたよ〜」と気を遣ってくれたのよね。
押切 ご丁寧に、すみません。
阿川 罰として私がもえちゃんたちにごはんをごちそうする会ができまして、その会の名前が二流会......だっけ?
押切 三流会です(笑)。
国語の教科書は即日読破
阿川 その節は大変失礼いたしました。あの頃からもえちゃんは文章を書いてらしたの?
押切 「スタ☆メン」が終わって少し経った頃に、週刊誌でエッセイの連載を始めたんです。それから少しずつ文章の仕事をするようになりましたね。
阿川 読むのも書くのも好きだった?
押切 本を読むのがとにかく好きで。小学校の国語の教科書も、配られたその日に最後まで読んじゃう子どもでした。
阿川 へっ? 全部?
押切 読みませんか?
阿川 小説家の娘ですけれども、そんなことは一度もしておりません。
押切 作文を書くのも好きで。阿川さんは......。
阿川 大嫌い。阿川弘之の娘なんだから国語が得意に違いないと思われるのがプレッシャーで、かえって嫌いになったの。環境は完璧で、家は本だらけ、父は作家、母は読書好き、兄も本の虫。でも遺伝子がぜんぶ兄の方に行っちゃったのか、私は本が嫌いで、作文も褒められたことがなかった。石井桃子さんがやってらした〈かつら文庫〉という図書室に、兄と通ってたんですけど、兄はずっと本を読んで、私は庭で遊んでばかり。なのに周りからは期待の目で見られて......。こういう気の毒な女の子の物語、今度書いてくれない?(笑)
押切 書きたいです(笑)。うちの両親は普通の会社員でしたけど、本だけは好きなだけ与えてくれて。高校生でティーン誌のモデルを始めたんですが、十九か二十歳の頃、大人のモデルに移行しようというときに、仕事が全然なくなってしまったんですね。どうしたらいいかわからなくて、ひたすら本を読む毎日でした。小説も料理の本も、あと、芸能界で成功した方の自叙伝を読んだり......。
阿川 CanCam時代から「太宰を愛読するモデル」としても知られていたものね。
押切 人前に出る仕事をしているのに、恥ずかしがり屋で内向的で、自分を表現するのが苦手で。太宰の作品はそういう内面をわかってくれるような存在でした。
阿川 太田光さんとか又吉直樹さんとかも太宰が好きよね。父が亡くなる前、会話に困って「最近若い子に人気なのよ」って太宰の話を聞いたことがあるんです。そしたら、「太宰は(自分が師事した)志賀先生の悪口書いたから読んでない」。だから親子二代で太宰を読んでないの(会場笑)。
押切 素敵なエピソードですよ!
経験していない仕事を描きたい
阿川 こういう質問は失礼かもしれないけど、"スタイルがよくてきれいなモデルさん、でもそれだけじゃないぞ"ということで、事務所が何かもうひとつ得意なものを持たせたいと考える場合があると思うんですね。「うちのもえは本好きだから文学の方向に」みたいな方針があったのかなと最初は思ったの。
押切 わかります。売り方、キャラづけ、みたいなことですよね。事務所からは特にそういう話はなくて、小説を書くきっかけはファッション誌の編集者の方だったんです。気心が知れた仲だったので、そんなに本が好きなら小説も書いてみてよ、と言われて。少し書いて見せたら、「続きも読みたいな」。そうやって交換日記みたいに始まって、なんとか出来上がったのが一作目の小説『浅き夢見し』でした。
阿川 モデルの世界を題材にした長編小説。さすがだなと思ったのは、色彩やファッションのディテールの表現がすごく光ってる。文章のなかのアクセサリーとして使っているのではなくて、おしゃれが好きな女の子がどういうふうに洋服を選んでいるか、厳しい世界でどう生き抜いていくかがリアルに伝わってきます。そして二作目が連作短編集『永遠とは違う一日』。私の話が長すぎて、ようやくこの本の話に辿り着きました(笑)。
押切 いえいえ、すごい聞く力を目の当たりにしてます(笑)。
阿川 六編の短編で構成されて、互いの短編が少しずつつながっていく。これは連載なさったの?
押切 初めての小説誌連載でした。まず芸能人のマネージャーさんのお話を書いて。タレントを支えつつ前に出してゆく仕事ですが、気苦労とか人間関係とか、いろんな職業に通じる要素があるなあと。
阿川 続いてスタイリスト、絵画教室の講師、OL、歌手、アイドルに挫折して助産師を目指す女の子、といろんな仕事に就く主人公たちが描かれる。三話目の「抱擁とハンカチーフ」なんか絶妙で、絵をお描きになるもえちゃんだからこそ書ける作品じゃないかなと思いました。
押切 絵を描く楽しさを文章で表現できたらと思って書いたので、そう言っていただけて嬉しいです。
阿川 絵の具をどう重ねていくかとか、近づいたとき、離れたときに絵がどう見えるのかとか、絵を描く人の心理と景色を文字に転化させているのが見事で、すてきだった。でも、モデルや絵といった身近なことばかりを書いてるわけじゃない。事務職のOLさんとか......。
押切 書き進めていくうちに、自分が知らない職業の方を書いてみたくなって。例えば「助産師さんのお知り合い、いませんか?」と聞いてまわって、紹介していただいたり。
阿川 出産の場面もあって「さすが経験しただけあるわ〜」と思って読んでいたんだけど、書いたのは出産前だったと気づいてびっくり。
押切 そうですね、書いてるときは結婚もまだでした。出産を経て、文庫化にあたって読み返すときは怖かったです。おかしなことを書かなかったかな......と。
阿川 どうだった?
押切 「間違えたな」というところはなくて、ほっとしました。でももう少し書き込みたい部分や、そのときの空気感は経験をもとに書き足しました。
阿川 とりわけ傑作は、五話目の「バラードと月色のネイル」。ネタバレになるから詳しくは言えないんだけど、これはミステリー小説でもあります。私は大変なショックを受けました。小説家やめようかしら、って思うくらい。
押切 ほんとですか!
阿川 どうやって思いついたの? こっそり教えて(笑)。
押切 じゃあ、小声で(笑)。一話目を書き終わったとき――一話目に、この五話目の主人公がちらっと出てくるんですけど――この人の恋愛が書きたいって思ったんです。早く書きたくて書きたくて、そこへ向かって進んで行った感じでした。
阿川 そうだったの。これを五話目にもってくるという構成も含めて、本当に唸りましたね。
「モデルが小説なんて......」
阿川 先ほどちらっと話が出たけど、出会ったときは独身だった我々も、今は妻となりまして......。
押切 そうですねえ(会場拍手)。
阿川 いやあ、どうもどうも。ご出産もされて、今お子さんが六ヶ月。今後も小説は書き続けていくの?
押切 はい。まとまった時間はなかなかとれないのですが、少しずつ書いて、やがて形になったらいいなと思っています。
阿川 どんなお話を書きたいですか?
押切 恰好いい生き方をした昔のモデルの話や、家庭をもつ女性も書いてみたいです。弱さがありつつ、逞しく生きようとしている人を書きたいですね。
阿川 (ビート)たけしさんとか又吉さんとか、芸人さんがどんどん小説をお書きになるけど、モデルさんで小説家というのは珍しい。
押切 そうですね。おしゃれなことばかり書いてるんじゃないかとか、「小説家」という肩書きが欲しいだけじゃないかとおっしゃる方もいたり......。
阿川 そんなこと言われたの?
押切 そういうこともありました(笑)。
阿川 どう思った?
押切 まだ二冊出しただけですし、そういうふうに思われてしまうのも仕方ないのかなあ、と。でも、おしゃれだから、流行っているから、という動機で書いているわけではないので、一作一作積み重ねていくことでいつかわかってもらえたらいいなあと思ってます。
阿川 『永遠とは違う一日』は、「仕事がうまくいかない」「あの人が好きなんだけど言えない」「なんで頑張らなきゃいけないの」みたいなすごく身近な感情を、一つひとつの言葉を大切にしながら描写して、心に響くものにしている。これからも書き続けて「モデルが小説を書くなんて、アクセサリーみたいに『作家』って肩書きが欲しいだけだろ」なんて言ってくる人を吹き飛ばしてほしいですね。小説家としても一流だと、三流会代表のアガワが保証いたします。
(あがわ・さわこ 作家)
(おしきり・もえ 作家/モデル)