書評・エッセイ

2018年12月号掲載

さらなる進化を遂げた「脳内映像ミステリー」

――神永学『アトラス 天命探偵 Next Gear』

小峰麻衣子

対象書籍名:『アトラス 天命探偵 Next Gear』
対象著者:神永学
対象書籍ISBN:978-4-10-133677-0

 デビュー作〈心霊探偵八雲(しんれいたんていやくも)〉シリーズが累計六五〇万部、全著作累計一千万部を突破した神永学が、作家デビュー十五年を迎えた二〇一八年、満を持して上梓する作品が『アトラス 天命探偵 Next Gear』だ。
 人の死を夢で予知する少女・志乃(しの)から夢の実現を阻止する依頼を受けた探偵事務所の真田(さなだ)、山縣(やまがた)、公香(きみか)は、予見した死を自分のせいだと思い込み、痛みを抱えて生きる志乃に心動かされ、死ぬはずの運命、まさに"天命"を変えるべく奔走する。このシーズン1を受け始まった続編〈Next Gear〉では、新たな頭脳派・黒野(くろの)がチームに合流。不死身の強運を持つ真田とバディを組み、数々の敵と対峙する。シーズン1の最終巻『フラッシュ・ポイント』でテロリストの銃弾に倒れ昏睡状態となった志乃は、警察との契約で予知夢の可視化と生命維持の機能をあわせもつクロノスシステムにつながれ生き永らえることになる。真田たちは警察組織「次世代犯罪情報室」に組み込まれ、予見された死の運命を変える危険な任務に身を投じてゆく。
 これまでの神永作品の主人公の八雲や山猫といったキャラクターは、その特殊能力ゆえに斜に構えていて、それはそれで魅力的だったのだが、両親を惨殺され名前を変えて生きざるをえなかった真田は人生の過酷さを知るからこそ、悪を許さずまっすぐに正義を貫こうとする。その戦い方も、銃弾のなかをバイクで突っ込んでいくという正面突破あるのみで潔い。人を信じ、たとえテロリストだろうと殺すことに躊躇する。正義のヒーローそのものなのだ。
 シリーズ完結巻『アトラス』では、真田たちの上司・唐沢(からさわ)の死が予知される。そして、元内閣情報調査室の工作員・アレスの襲撃により、クロノスシステムが実は志乃に予知をさせるため強制的に眠らせる装置だったこと、最終的な目的は彼女の能力の軍事利用だったという衝撃の事実が発覚。
 昏睡状態から目を覚ました志乃は大規模テロを予知する。警察内部にまで深く根を張り強国主義を訴える過激な組織〈愛国者〉は、オスプレイをクラッキングし、米軍の手で無辜の日本人の命を奪うことで米国排除の民意を高めようと画策していた。志乃を人質にした〈愛国者〉はその予知能力を利用して真田たちを出し抜こうと企むが、黒野はさらにその裏をかいた作戦を立てる。騙しあいの心理戦も今作の注目すべきポイントの一つといえる。予知に基づき行動することで未来が変化し先の読めない、シリーズ屈指の読みごたえとなっている。志乃は、クロノスシステムの真実を知りつつ運用させられていた技術者・塔子(とうこ)の苦しい胸のうちを察し、涙を流す。それに心打たれ、塔子も心が揺らぐのだが、アクションシーンだけでなくそういった細かい心の機微まで描ける筆力も持ち合わせているのだ。
 読者の脳内にスクリーンが広がるような、物語や場面の視覚化を強く意識した作風がデビュー作から一貫したこの著者の特徴で、「脳内映像ミステリー」と呼ばれている。特に今回の作品では、この面白さがさらに進化している。
 累計八十八万部を誇るこの〈天命探偵〉シリーズは、これまでにない圧倒的なスピード感とアクションシーンの連続で既存のキャラクター小説から一歩抜け出し新たな地平に立ったといえる。度が過ぎれば展開重視の安っぽい物語になりがちだが、作品全体のスピード感を決して損なわない絶妙なバランスで登場人物たちの心理描写がきちんと挿入されているのだ。
 よほど計算し、文章を練ってこのリーダビリティーあふれる物語を創りあげているのだろう。正義感のかたまりのような真田を主人公に据えることで、その熱量は倍増。初めから終わりまで一気読みの爽快感がたまらない。『アトラス』は神永学のさらなる飛躍を期待させる、まさに今読むべき作品だ。
 最後に、神永学の若年読者への貢献を感謝したい。それは本を読む楽しみを、中高生に教えてくれたことだ。長く書店員をしているせいか、初めて最後まで読めた文庫本が神永作品、という学生さんを幾人か知っている。そのせいか今でもみな読書家である。本の世界に深く入り込み、他人の人生を生き、自分以外の考え方に触れる。そんな読書体験の入り口としてこれからもおすすめしていきたい。

 (こみね・まいこ 書店員)

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