書評・エッセイ

2018年12月号掲載

「信頼」の裏付けはあるか

黒井克行『指導者の条件』

黒井克行

対象書籍名:『指導者の条件』
対象著者:黒井克行
対象書籍ISBN:978-4-10-610789-4

 こんな呟きを吐いたり、逆に耳にしたりしたことはないだろうか。
「今度はいい担任の先生に当たった」、「今の上司はウザイ。次の異動まで我慢するしかない」、「○○監督の指導を受けたくてこの学校に来たんだ」等。学校や職場における指導者への評価であり、この先の運命は"彼ら次第"と言わんばかりのものだ。果して理想的な指導者像があるのか。評判の指導者の下ならば能力は開眼するのか。
 たとえば、シドニーオリンピックのマラソンで金メダルに輝いた高橋尚子である。彼女は中学高校大学と陸上に明け暮れ、オリンピックの代表選考にまでは及ばなかったものの、それなりの成績をおさめた。それが認められて名門実業団からの誘いもあったが、「とことん陸上を極めたい」と半ば押しかける恰好で情容赦のない練習で知られる小出義雄監督の門を叩いた。高橋の半端ない覚悟は小出の厳しい練習にも耐え抜き、結果、実を結び、国民栄誉賞をも手にした。高橋が他の指導者の下ならばどうだったか。小出が他の選手を指導したら......。一つ断言できるのは、高橋と小出は「信頼」の二文字に裏付けされた師弟関係だったということである。
 昨今、スポーツ界ではパワハラが後を絶たず、金メダリストにまで飛び火する深刻な問題になっている。時代の変化に対応できない旧態依然たる体質から抜け出せない指導者が槍玉に挙げられているが、彼らも選手時代に理不尽な指導を受けた"被害者"で、その"マニュアル"は体の芯にまで頭の髄にまで染み渡り、そう簡単に捨て去ることができずにいるのだ。手を挙げる物理的な暴力と、過度な罵声怒声で怯えさせる言葉の暴力は、「昔は当り前だった」との反論が返ってきそうである。だが、昔にもさまざまな秀逸な指導方法があり、名選手を誕生させてきた伯楽はいた。そこに共通しているのは高橋と小出の間に見られる「信頼」である。これを築けなければその先に栄光は生まれないといって過言でない。信頼を得て勝利に向うプロセスとアクセスはいわばドラマであり、あたかも手品のタネを明かされたようで溜飲が下がる。
 本書は14競技24人のスポーツ指導者の流儀を明かしたドラマである。冒頭の呟きが満更でなく、良き指導者との出会いが人生を豊かにさせるのではと思わされる。中には今の時代ならば問題とされる手法も含まれているが、「目からウロコ」と眉根を寄せずに捉えて頂けたら幸いだ。
 決して特殊で誰にも真似のできない手法とは思わない。親であったり、部下を抱えていたり、または次は人の上に立つことになる時がきたら、彼らの流儀はヒントになり、またその言葉が頭の中に浮ぶのではないだろうか。

 (くろい・かつゆき ノンフィクション作家)

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