書評・エッセイ

2019年1月号掲載

「知ってしまった者」の責任

佐藤愛子『冥界からの電話』

梯久美子

対象書籍名:『冥界からの電話』
対象著者:佐藤愛子
対象書籍ISBN:978-4-10-106414-7

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 あの愛子先生が、ノンフィクションを書いた! ――読み始めてすぐにそう気づき、長年の読者である私の胸は高鳴った。文体からして、これまでの作品とは違っている。主語は「私」ではなく「筆者」。ユーモアも、世の中への怒りも封印し、ひたすら真摯に、冷静に、事実を追いかけていく。しかもその事実というのが、「あの世」から電話がかかってくるという、異様な出来事なのだ。
 その不思議な経験をするのは、愛子先生の古くからの友人である高林医師。市の教育委員会から依頼され、高校生を対象に講演をした高林医師は、終了後、高校三年生の女子生徒から手紙を受け取る。高林医師の話を聞いて感動したという内容だった。これをきっかけに、ひふみという名のその少女と高林医師は、ときおり電話で話すようになる。
 進路を変更して医師を目指すことにしたひふみは、猛勉強の甲斐あって医学部に合格し、入学祝いのために二人は初めて会うことになった。だが当日、高林医師がいくら待っても待ち合わせの場所に彼女は現れない。そして後日、兄を名乗る人物から電話があり、彼女が交通事故で亡くなったことを知らされる。
 ひふみの兄からはその後も電話がかかってきた。三度目の電話の最中、バチーッと木の裂けるような鋭い音がして、部屋の照明が消える。そして兄の声が途絶え、高林医師が、もしもし、と呼んで応答を待っていると、突然、ひふみの声が聞こえてくるのである――。
 愛子先生には、自らが遭遇した霊的体験を綴った『私の遺言』という著書がある。五十一歳のときに建てた北海道の山荘で、数々の超常現象に悩まされる話である。美輪明宏さんに相談に乗ってもらったのをきっかけに、さまざまな霊能者と出会い、佐藤家の先祖とアイヌとのかかわりを教えられる。そして自分が山荘を建てたのは、かつてアイヌの人々の棲処であった土地だと知る。
 愛子先生は、アイヌの人々の大切な土地を切り崩して家を建ててしまった自分が彼らの恨みと憤りを受けるのは仕方がないことだと考え、それを正面から受け止めようとする。そして、理不尽な目に遭って死んでいった彼らの霊を何とか鎮めようと大奮闘、まさに東奔西走するのである。何と三十年間にわたって! 私はこの本を読んだとき、心底、愛子先生を尊敬した。なんという真面目さとひたむきさだろう。
 その過程で愛子先生は、それまで、神もヘッタクレもあるかいな、と、自分の力だけを恃んで生きてきたことを顧みる。そして、人知の及ばぬ世界に目を開かされるのである。
 本書『冥界からの電話』の高林医師は、超常現象に苦しんでいた愛子先生の相談に乗り、長年にわたって支えてくれた人だった。死者からの電話という話を打ち明けられたとき、愛子先生がそれを信じたのは、高林医師が嘘をつくような人ではないと知っていたからだ。
 荒唐無稽と受け取られかねない話であるからこそ、愛子先生は慎重に筆を運ぶ。「筆者」という一人称からも、抑えた筆致からも、読者を誘導してしまわないようにとの配慮が見える。その静かな語りにみちびかれ、私は息をつめて、この不思議な出来事のなりゆきを追いかけることになった。はたして電話は事実か。何か裏があるのか――。頭の中にいくつもの「?」を浮かべながら、ページをめくる手がどんどん速くなっていく。
 最終ページを読み終えたあとに私が達した結論は、ここには書かないでおくが、ノンフィクションの書き手として、しみじみと思ったことがひとつある。それは、「知ってしまった者」の責任ということだ。
 誰かに話を聞かせてもらい、そこに、世に問うべき事実があったとき。その事実を、ほかならぬ自分が託され、自分が書かなければ世に出ないものであったとき。そこには、書くべき責任が生じる。愛子先生が、本書を書いたのもまた、その責任を果たすためではなかったかと思うのである。

 (かけはし・くみこ 作家)

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