書評

2019年5月号掲載

橋を、架ける――新井素子の四十年

新井素子『この橋をわたって』

矢崎存美

対象書籍名:『この橋をわたって』
対象著者:新井素子
対象書籍ISBN:978-4-10-142606-8

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『この橋をわたって』は、2017年に作家生活四十周年を迎えた新井素子さんの最新短編集です。2010年代の短編とショートショートが収録されています。
 新井さんがデビューした1977年、私は中学一年でした。作家という職業にあこがれを持ち、友人たちに「なりたいんだ~」などと言い始めた頃。誰でもそんな時期があるものですよね。しかし、なれるなんて、その時は思いもしていませんでした。
 そんな時、新井さんが『あたしの中の......』で第一回奇想天外SF新人賞で佳作を獲り、SF作家としてデビューしたのです。なんと十七歳で。「現役高校生が作家デビュー」というのは当時大ニュースになりました。ものすごくよく憶えています。今で言うなら、将棋棋士の藤井聡太さんくらいの騒ぎだったのではないかと思います。
 世間的にも大変な話題でしたけれど、その中でも、私のような作家志望の中高生が受けた衝撃こそ一番大きかったのではないでしょうか。「高校生でデビューできるのなら、私だってなれるかも」とみんな思ったはず。
 八年後、私は星新一ショートショートコンテストに入賞し、初めて作品が活字になりました。星新一さんといえば、奇想天外SF新人賞の時に『あたしの中の......』を一押ししたことが知られています。私も星さんに選んでいただいたことがきっかけで、本格的な作家デビューへの道が開けました。今回、私がこの『この橋をわたって』の書評を書くことになったのは、こういうご縁のおかげかもしれません。
 この本に収録されている短編は、とてもバラエティに富んでいます。猫や囲碁に関すること、おなじみのシリーズキャラクターの登場、子供向けのショートショート、ご本人曰く「エポックメイキング」な連載小説等々、長年のファンの方にはもちろん、新井さんの小説を読んでみたいけど何から読んだらいいのか、と迷っている方にもおすすめしたい。SFというより日常系不思議物語ですが、新井さんの語り口は本当に独特です。今回、改めて思いました。
 その中で私が一番印象に残ったのは、『橋を、架ける』という冒頭の作品でした。タイトルどおりの物語です。広い広い川に橋を架ける、それだけの物語。しかし本を読み終えた時には、この作品こそ新井素子作品の集大成ではないか、と感じました。
 短い物語なのに、幾人かの主人公が現れ、それぞれが自分の口調で自分の橋のこと、彼らの最初の一歩を語る。とてもささいなことであっても、それはゼロを1にする行為で――最初の一歩があったからこそ、その橋は架かったわけです。
 この地道な物語がどんな結末を迎えるかは読んでみてのお楽しみですが、本を読み終えた時、私は新井さんが四十年、コツコツと原稿用紙に字を埋め続けていった結果が、この物語に、この本に現れているのではないかと思いました(もちろん今は手書きではないでしょうが)。『あたしの中の......』の最初の一文字がなければ、新井さんは作家にはなっていないのです。そして、新井さんの登場によって「作家になれるかも」と思った私も、今は別の職業に就いていたかもしれません。
 星新一ショートショートコンテストに出した作品は、まだ原稿用紙に手書きだったなあ、と思い出しました。
 星さんとのつながりとともに、もう一つ大切なご縁があります。それは「ぬいぐるみ」です。新井さんの「ぬいさん」への愛は、ご本人がエッセイなどで語られているとおり、非常に強く深い。ここで説明するにはとても文字数が足りないくらい、特別なものです。本書収録の『碁盤事件』でも、ぬいぐるみが大役を担って活躍しています。
 実は私もぬいぐるみについての本を書いているのです。『ぶたぶた』という生きているぬいぐるみ「山崎ぶたぶた」の物語なのですが、その単行本発売時に、帯にお言葉を寄せていただいたのが新井さんでした。
「こんなお話が読みたかった」
 と。それが二十一年前。山崎ぶたぶたのシリーズは、いまだに続いています。これも新井さんのおかげかな、と密かに思っているのです。

 (やざき・ありみ 作家)

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