書評・エッセイ

2019年5月号掲載

人間とともに暮らす家族としての犬猫の姿

――ドコノコ編集部 糸井重里
『ドコノコの本 猫と暮らす』『ドコノコの本 犬と暮らす』

浅生鴨

対象書籍名:『ドコノコの本 猫と暮らす』/『ドコノコの本 犬と暮らす』
対象著者:ドコノコ編集部/糸井重里
対象書籍ISBN:978-4-10-352571-4/978-4-10-352572-1

「写真」にはいったい何が写っているのだろうかと、僕はときおり考えることがある。難しく言えば、物体から届く反射光を集めた実像が写っているのだろうし、もっと僕たちの日常的な感覚で言えば、シャッターを押した瞬間にレンズの前にあったものが画像として残されているとでも言えばいいだろうか。言葉通りに言えば、写真には被写体が写っている、と言うのが一番簡単な答えだろう。でも、と僕は思う。写真には、たぶんそれ以上のものが写っているように思うのだ。
「ドコノコ」というスマートフォン用のアプリがある。糸井重里氏の主宰する「ほぼ日」がベースとなって展開されているSNSで、何を隠そう、僕も運営の一端に関わっている。
 もともとは、身寄りのない犬猫や迷子になった犬猫に、きちんとした居場所を与えてやれないだろうかという発想から開発の始まったアプリで、すべての犬猫に所属先があれば、あるいは、所属先はなくともいつも気にかけてくれる人がいれば、命を落とす犬猫の数を、せめて今よりは減らせるはずだという考え方がその基本にはある。
 とはいえ、いくらアプリでそんな堅い話をしたところで使ってくれる人がいなければ何の意味もないから、その考え方はアプリのあちらこちらにこっそり潜ませるだけにして、ふだんは単に犬猫の写真を投稿して楽しむSNSとして使えるようになっている。
 自画自賛になってしまって恐縮だけれども、このアプリの良いところは、あくまでも犬猫を主役にした点だと僕は思っている。フォローする相手は人間ではなく犬猫だし、一般のSNSではあたりまえになっている人間同士のやりとりはあまりできないような工夫もしていて、できるだけアプリの世界から人間の気配を減らすようになっている。つまり「ドコノコ」は人間と人間を直接つなげるのではなく、必ずその間に犬猫をはさむSNSなのであります、はい。
 人と人との間に犬猫がはさまっていると、人間同士ならつい発生するギスギスした感情やトラブルが、もちろん起こらないわけではないものの、かなり少なくなるから面白い。
 この「ドコノコ」が公開されてからまもなく三年近くが経つのだけれども、今では二十数万のユーザーが毎日のように写真を投稿したり他のユーザーの投稿した写真を眺めて楽しんだりしていて、僕はそうした様子を見ながら、なんだか犬猫を通じてつながる一つの優しいコミュニティが出来つつあるような気がしている。
「ドコノコ」に投稿される写真は、もちろん犬猫の写真ばかりなのだけれども、広告モデルのように整った美犬美猫はほとんどいない。犬猫たちは、ただ寝ていたり、ごはんを食べていたり、欠伸(あくび)をしていたり、ものを壊していたり、散歩を嫌がって抵抗していたり、ほめられて喜んでいたり、なぜか立ち上がっていたり、やっぱり寝ていたりする。
 そこには、あくまでも普通の犬猫の日常の姿があって、そしてたぶんそれこそが生き物としての犬猫ではなく、人間とともに暮らす家族としての犬猫の姿なのだろう。
 あらためて考える。写真にはいったい何が写っているのだろうか。写真を撮るのは人間だ。もちろん「ドコノコ」に投稿される写真だって人間が撮っている。もしかすると、その写真には、ともに暮らす犬猫たちを心からかわいいと思っている気持ちが写っているのじゃないだろうか。僕はそんなふうに感じている。照れることなく言えば、写っているのは愛情なのだ。写っているのは犬猫ではなく、その犬猫を優しく見つめる人間の眼差しそのものなのだ。
 その中から選りすぐりの写真をまとめたフォトブック『ドコノコの本 猫と暮らす』と『ドコノコの本 犬と暮らす』が発売された。つい紙面を指先で撫でたくなるようなかわいらしい姿から、思わず噴き出してしまうような珍妙な姿まで、普通の犬猫たちの普通の日常がたっぷりと詰まった本になった。この本は、家族アルバムを見るように、ワイワイとみんなで突っ込みながら眺めてもらえると、きっとより楽しんでもらえるんじゃないかな。

 (あそう・かも 作家)

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