対談・鼎談
2019年6月号掲載
真梨幸子『初恋さがし』刊行記念対談
驚かせて、喜ばれて。最高の仕事です。
真梨幸子 × 長江俊和
イヤミスの女王とも呼ばれる真梨幸子さんが、偏愛している「放送禁止」。その作品の監督でもあり、『出版禁止』『掲載禁止』をはじめとしたミステリー小説も評判の長江俊和さん。ご自身の小説『東京二十三区女』(幻冬舎文庫)を、自らドラマ化されたばかりの長江さんも、騙された!という、『初恋さがし』の刊行記念対談をお届けします。
対象書籍名:『初恋さがし』
対象著者:真梨幸子
対象書籍ISBN:978-4-10-103761-5
あれ、連作じゃないんだ?
長江 『初恋さがし』、すごく面白かったです。タイトルが爽やかな雰囲気なんで、淡い純愛を描いた話かと思っていたら、まったくそんなことはなくって。ぼくの大好きなダークサイド全開で、うれしくなりました。
真梨 読者の期待は裏切りません(笑)。
長江 ちょっとずつ読もうと思っていたんですけど、止まらなくなっちゃって。一日で読んでしまいました。「ミツコ調査事務所」を中心にした連作集だと思っていたら、途中で、あれ、そうじゃないんだ、と気づいたんですね。ある登場人物に、えっ? ということが起こってから、どんどん話が長編的につながっていき、伏線も回収されていって。構成の部分でまず、驚かされました。
真梨 いつもそうなんですけど、『初恋さがし』もプロットなしで書き始めました。最初の一編「エンゼル様」を書いたときには、連作にすることすら意識していなかったんです。
長江 五編目の「ラスボス」は「小説新潮」に掲載されたときに読んでいたんです。それで、どのくらい中身が変わっているのかな、と今回読み比べてみたら、人物の名前以外、そんなに変わってなくて。だから、ああ、これはラストはこうしようと初めから考えられて書かれた作品なんだな、と想像していました。
真梨 雑誌に載った六編と書き下ろしが一編、入っているんですが、ゲラにする前に改稿はしたんです。でも、思ったよりも修正するところがなくて。無意識に結末まで考えていたのかな、と自分でも思うくらい、あれがこれの伏線になって、といろいろなところがつながって。他の作品も、最後にきれいに落ちるように考えて、一冊の本にまとめているんですが、今回、脱稿したときには、体操選手がぶれることなくきれいに着地したみたいな、十点満点のラストだったんじゃないかと、久々にすごい快感を覚えました。
まさか、あんな秘密が――
真梨 ドラマの『東京二十三区女』(WOWOW)、一話三十分だけど、役者さんたちの演技も、内容も濃くて、一本の映画を観たような気がしました(対談時は、第二話「江東区の女」までが放送されていた)。新作の『東京二十三区女 あの女は誰?』(幻冬舎文庫)も、びっくりしました。まさか、あの人にあんな秘密が隠されていたとは......。
長江 あの真相については、ぼくと幻冬舎の担当編集者と、真梨さんしか、いまのところ知りません(対談時は本の発売前)。担当プロデューサーも主役の璃々子を演じてくれた島崎遥香さんも、本を読んだら驚くんじゃないでしょうか。
真梨 長江さんの真骨頂ですよね。どんでん返しにつぐ、どんでん返しで。二冊で九区を書かれて、残りが十四区。次はどんな驚きが待っているのか楽しみです。
長江 一作目の『東京二十三区女』(幻冬舎文庫)を書いているときには、映像化されることをまったく考えていなかったので、好き勝手な場所を舞台にしていたんです。それが、ドラマ化され、しかも自分が監督もすることになって気づきました。ロケの場所を探すのが、むちゃくちゃ大変だっていうことに。結局、二作目を書くときも、物語として面白くなるような場所を舞台に設定したので、映像化されるようなことになったら、また大変な目にあってしまいます(笑)。
驚かせて、喜ばれる
真梨 初めて長江さんの作品にふれたのは、「放送禁止3」の「ストーカー地獄編」(2004年3月放送)でした。小説を新人賞に投稿していた時期で、なかなかいい結果が出なくて。その日も深夜にパソコンに向かっていたんです。つけっぱなしにしていたらテレビで「ストーカー」のドキュメンタリーが始まって、どんどん引き込まれていきました。パソコンを打つのも止めて、夢中で見ていたら......。打ちのめされました。何も知らない状態で見られて、本当に幸せでした。
長江 光栄の至りです。
真梨 どんな小説を書けばいいのか悩んでいた頃で、そこに、面白ければ何をやってもいいんだ、という啓示をいただいたような気がしました。実際その年の7月に、『孤虫症』でメフィスト賞を受賞できたんです(刊行は、2005年4月)。「放送禁止」と、友達から、これを読め! と送られてきて、なんの知識もなく読んだ我孫子武丸さんの『殺戮にいたる病』が、わたしのエンターテインメント史のなかで特別なふたつの作品です。
長江 ありがとうございます。「放送禁止」も最初から、驚かそうと思って作ったわけではないんですよね。一本目の「放送禁止」に少しだけあった謎解き要素の評判が良くて、二本目の「ある呪われた大家族」からミステリーの部分を強めていったんです。ただ、驚かす、ということについていえば、「奇跡体験!アンビリバボー」に関わったことが、大きかったかもしれません。実際にあった事件を、どういう順番で見せたら、視聴者が喜んでくれるかをみんなで考えながら、ずっと作っていましたから。
真梨 「アンビリバボー」、わたしも大好きでよく見てました。
長江 考えてみたら、ドラマだけじゃなくて、ドキュメンタリーもバラエティも、テレビ番組はおしなべて、謎を作って、引っ張って、これからどうなるんだろうという興味を視聴者に持ってもらって、オチをつける、という作り方がされているんですね。驚かせることで、喜んでもらう。
真梨 人を驚かせて、喜ばれて、しかもお金までいただけて、エンターテインメントって本当にいい仕事だな、と思うことがあります。今も、どうやって驚かせようかと、楽しみながら小説を書くことができています。残念なのは、小説を読んだり映画を観たりしても、これは伏線だろう、とか、そういうことに気がつくようになってしまって、なかなか、騙されなくなってきたことです。
長江 ぼくはいまでも、騙されます(笑)。『初恋さがし』にも騙されましたし、刑事ドラマでも、騙されることがあります。怖がりだから、ホラー映画を観て、ぎゃ~と叫んでしまうこともありますね。
ATGからミステリーへ
真梨 映画の学校に行っていたときに、あからさまに観客を驚かせるような作品は、恰好悪い、という考え方に洗脳されたんですね。ヌーヴェルヴァーグやアメリカン・ニューシネマ、ATGをたくさん観せられて、少し意味がわからないところがあった方が恰好いい、みたいな。
長江 ぼくも映画好きだったから、そのへんの作品はたくさん観ましたね。いまでも好きな映画、たくさんあります。実は、「ストーカー地獄編」というタイトルは、羽仁進監督の『初恋・地獄篇』が元ネタだし、『出版禁止』で心中をテーマにしたのも、高林陽一監督の『西陣心中』がきっかけなんです。
真梨 わたしも、まだ洗脳が半分くらい残っているので、いまだにATGは大好きです。でも、小説を書くときには、真似できないところがあって。センスで作るものは、センスがない人がいくらがんばっても、苦行にしかならないんです。投稿しても結果が出なかったときには、まさにその呪縛にはまっていました。純文学的な、というか、センスで勝負しようとしていたんですね。それが「放送禁止」に出会って、呪いが解けたんです。高尚じゃなくても、面白ければいい、蛇女とかろくろ首とかが出てくる見世物小屋的な驚きを、面白さを追求しようって。その意味では、ミステリーに救われたのかもしれません。
長江 前から思っていたんですが、『初恋さがし』に限らず、真梨さんの小説には、ATG的な、純文学性みたいなものがベースにあるように、ぼくは感じていました。
真梨 ほんとうですか?
長江 ミステリーの要素とATGの雰囲気とが合体しているような気がして、ぼくが大好物なものがいっぱい入っているなと、いつも感じるんです。
真梨 無駄ではなかったんですね、あの洗脳時代も。
横溝作品に騙されて
長江 ATGでは、高林監督の『本陣殺人事件』もありましたね、横溝正史原作の。
真梨 田村高廣さんの大ファンだったので、名画座に観に行きました。
長江 ぼくも父親と一緒に映画館で観ました。市川崑監督の『悪魔の手毬唄』との二本立てで、今思うと、すごい組みあわせですよね。ジーパン姿と和装の金田一耕助が、同じスクリーンに映るわけですから。
真梨 両作とも横溝原作だから、一緒でいいでしょ、みたいな(笑)。
長江 横溝映画は本当に大好きですから、話し出すと止まらなくなるんですが、ぼくが小説を読んで、いちばん最初に驚かされたのは、横溝の『夜歩く』なんです。予備知識なく読んで、あのトリックの存在すら知らなかったので、まわりの人が誰も信じられなくなるくらい、見事に騙されました。
真梨 世間の評価は別にして、わたしは横溝作品では『三つ首塔』が、ドラマ版も小説も大好きなんです。好きすぎて、何度も読んで、本がぼろぼろになってしまうので、五冊以上、買い換えました。ミステリーというよりも冒険小説っぽくて、そこにハーレクインロマンスの要素も相当入っていて。いまでも、手に取ることがあります。作品によって、時代の空気を取り入れているのか、書き方も小説ごとに違っていて、本物の一流はすごい、と、横溝のことは尊敬しています。
いま、はまっていること
長江 『初恋さがし』に文京区の話が出てきて、すごくうれしかったです。『東京二十三区女 あの女は誰?』に文京区を入れようかどうしようか最後まで迷って、調べていたので。
真梨 「小説幻冬」で「縄紋黙示録」という小説を連載しているんですが、ある時期から、縄文時代に夢中になって、会う編集者、会う編集者に話をしていたら、長江さんの担当者と同じ女性編集者が、連載しましょう、と言ってくれて。その作品が、文京区だけを舞台にして、現代から縄文時代まで歴史をさかのぼるという内容なんです。
長江 それは、面白そうですね! ぼくは恋愛をテーマにしたミステリーを、という話があって。でもいまはまっているのは、『仁義なき戦い』をはじめとした、深作欣二監督のやくざ映画なんです。特に『県警対組織暴力』。あれは傑作ですので、ぜひ。
真梨 絶対に観ます! 「やくざの恋愛ミステリー」も楽しみにしています(笑)。
(ながえ・としかず 映像作家/小説家)
(まり・ゆきこ 小説家)