書評・エッセイ

2019年6月号掲載

黒澤映画に真実は存在するか

――ポール・アンドラ『黒澤明の羅生門 フィルムに籠めた告白と鎮魂』

四方田犬彦

対象書籍名:『黒澤明の羅生門 フィルムに籠めた告白と鎮魂』
対象著者:ポール・アンドラ著/北村匡平訳
対象書籍ISBN:978-4-10-507111-0

 ポール・アンドラは日本文学研究者であると同時に、すでに現代日本文学という物語のなかの重要な登場人物の一人でもある。彼は江藤淳のもとで学び、中上健次や柄谷行人と深い親交を結んだ。帰国してコロンビア大学で教鞭を執ると、同僚であるサイードと語らい、小林秀雄を英訳した。80年代の中ごろ、わたしは大学院でのアンドラ・ゼミを覗いたことがあった。両大戦間の私小説が取り上げられていて、大学院生たちが葛西善蔵や武田麟太郎を熱心に論じていた。
『黒澤明の羅生門』は、そのアンドラが満を持して刊行した黒澤明論である。といっても、巷にいくらでもある黒澤映画の研究書ではない。20世紀前半の東京を舞台に、彼とその兄、丙午(へいご)、さらに彼らを他界から静かに見つめている芥川龍之介の三人を描いた、スリリングな物語である。

 黒澤丙午(1906~33)は時代のモダニズムとニヒリズムを一気に駆け抜けたような人生を送った。映画への熱狂が昂じて、映画雑誌やプログラムに寄稿。父親と対立して家出。やがて活動弁士として頭角を現し、東京でもっとも豪華な洋画専門館、シネマパレスの主任説明者にまで登り詰めた。もっともトーキー革命が日本に到来すると、弁士たちは次々と失職。丙午は彼らに呼びかけ、ストライキの先頭に立った。放蕩な浪費生活のはてに、カフェの女給を伴って、伊豆の温泉宿で自殺。享年27であった。
 4歳年下の弟、明は、丙午から決定的な影響を受けた。弱虫でいつも泣いていた幼い弟を、兄はつねに庇い、映画館へと連れて行った。弟は少年時代から劇場の暗闇で兄の声を聴き、映画に目覚めた。ヴァレンティノ、チャップリン、そして吸血鬼ノスフェラトゥ。兄は弟にロシア文学の偉大さを教え、弟が共産党の地下活動に従事していると、いずれは醒めるよという態度を見せた。弟は兄の突然の自殺に強い衝撃を受け、これからは映画の道に進もうと決意した。すでにトーキーの時代だった。彼はPCL(後の東宝)に入社した。『姿三四郎』で監督デビューし、戦後には『羅生門』(1950)でヴェネツィア国際映画祭グランプリに輝き、国際的映画監督としての道を進んだ。
 今日、黒澤丙午を知る者はいない。あまたのクロサワ研究家でも、彼に言及する者は皆無だ。だがこの夭折者の痕跡は、黒澤フィルムのいたるところに残されている。たとえば『わが青春に悔なし』は冒頭、丙午の没年である昭和8年を告げる字幕から語り起こされている。ゴーリキーからドストエフスキーにいたるロシア文学の翻案映画は、丙午から明へと継承された文学的情熱の結実である。そして『影武者』。「人の影はその人を離れて、独り歩きは出来ん。兄の影法師のこのわしは、兄を亡くして、いま、どうしてよいやら分からん。」『影武者』の主人公がふと口にするこの科白は、実は監督である黒澤明その人の内面を深く映し出している。アンドラは黒澤映画を細部まで読込み、こうした二人の分身的な関係を、次々と明かし出してみせる。

 Rashomon という言葉は、前世紀の後半から現在にいたるまで、時代を映し出す鍵言葉となった。ある異常な事態が勃発する。人は真相を究めようと現地を訪れるが、生存者たちは口々に勝手な物語を語るばかりで、真実が結論づけられることがない。複数の声が交錯するなかにあって、誰が語っているのが真実なのか。いやそもそも、真実なるものが本当に存在しているのか。探究のさなかにある者は戸惑い、懐疑のなかで挫折を余儀なくされる。この問題は突き詰めていけば、ニーチェの説く「力=意志」としての声という考えに到達するだろう。それはテロと天災で破壊された風景の背後に、亡霊のように彷徨っている言葉である。われわれは今や、一元的真実のもとに世界が了解可能であると信じていた世界の終焉に、立ち会っているのだ。
「羅生門的」という形容詞は、いうまでもなく黒澤の『羅生門』に由来している。一本のフィルムが世界の認識論の原理的選択に影響を与えたのだ。だが、落ち着いて考えてみよう。黒澤フィルムは芥川の同名の短編にではなく、むしろ彼の別の作品、『藪の中』に直接のプロットを仰いでいるのだ。それでは原作者の短編『羅生門』は、フィルムとどう関係があるのか。本書の著者はここで、黒澤の生まれ故郷である東京が、1923年の大震災と1945年の大空襲で、二度にわたり瓦礫と化したという事実に着目する。これは廃墟と化した世界での物語なのだ。ここでも自殺した芥川のかたわらに、同じく自殺した丙午の影が見え隠れする。芥川の作品の中でも論じられることの少ない長編『偸盗』における兄と弟の、憎悪スレスレの愛が言及されることになる。
 日本文学とは単なる美の対象でもなければ、美を表象する主体であるだけでもない。それは優れて批評的な存在なのだ。ポール・アンドラを日本文学研究へと駆り立てたのは、こうした直観的確信であった。本書はそのアンドラが江湖に問うた黒澤明論である。それが20世紀の東京を舞台とした複数の声、複数の情熱の交差する物語であることは、もはや言を俟たない。

 (よもた・いぬひこ 比較文学・映画研究)

最新の書評・エッセイ

ページの先頭へ