書評
2019年6月号掲載
地方再生のカギは衰退産業にあり
藻谷ゆかり『衰退産業でも稼げます―「代替わりイノベーション」のセオリー―』
対象書籍名:『衰退産業でも稼げます―「代替わりイノベーション」のセオリー―』
対象著者:藻谷ゆかり
対象書籍ISBN:978-4-10-352641-4
地方再生、地方創生などという言葉が言われて久しい。人口減が進む日本において、首都圏を始めとする都市部への集中はマクロレベルでの効率性を考えればある程度やむを得ないという意見もあるが、だからと言って地方の非都市部が衰退してもいいということにはならないだろう。やはり活力ある地方と都市部がバランス良く存在してこそ、日本という国はより豊かになる可能性が高い。
しかしながら現実の地方再生を見ると、苦戦しているのが現状だ。いろいろな町おこしイベントの開催や「ゆるキャラ」の開発、売り込みなどはあるが、一時的な話題になっても持続しないケースが多い。私も地域の青年会議所などで講演や議論をすることがあるが、結局は「しっかりと儲けられる企業が生まれ、地元で新しい価値創造ができる状態にならないと、衰退の一途をたどる」というのが一致した意見である。
では、その新しい価値創造活動として、手っ取り早いのは何だろうか? ベンチャー企業が生まれ、全く新しい産業を興すことが本来は望ましいのだろうが、それはなかなかハードルが高い。そこで注目されるのが、すでに長く存在する、生産性の低い産業をテコ入れすることである。具体的には旅館業や農業などである。これらの産業は、人間が生活を営む上で本質的に必要であり、需要は簡単には消えない。また、競争の変数(軸)が多い「分散型ビジネス」あるいは「特化型ビジネス」の側面が多く見られ、やり方次第では十分に価値創出ができるのだ。生産性が低いということは伸び代が大きいということでもある。これは、言われてみれば当たり前ではあるが、見落とされがちな視点だ。
『衰退産業でも稼げます 「代替わりイノベーション」のセオリー』も、まさにこの観点に立っている。著者は米国ハーバード・ビジネススクールで学んだやり手のビジネスウーマンであるが、2002年に長野県に移住し、そこで地方の現状に触れる中で、産業の活性化のヒントを得たという。
本書では、特に4つの産業に着目している。商店、旅館、農業、伝統産業だ。そしてそれぞれ4つの事例、計16の事例を紹介することで、地方の衰退産業が復活する上でのヒントを提示している。
本書独自のユニークな点に「代替わり」への着目がある。先述の4つの産業の多くは家族経営のビジネス(ファミリービジネス)である。小規模なファミリービジネスでは、事業承継者がそもそもいないという事態に直面しやすい。とは言え、親子の縁はあるので何かしらの関心やこだわりがあるというのが一般的だ。事業承継のタイミングは、「事を起こす」チャンスでもある。本書で触れられているケースでも「クーデター」的な奪権によって先代の力を弱め、承継者の独自性を打ち出した例がある。先代までの知恵やのれんが残るなかで、承継者が新しい取り組みを行う仕組みは、小さなイノベーションを起こすための良い土壌と言えるだろう。
昔から地方におけるイノベーションを支えるのは「若者、バカ者、よそ者」などと言われてきた。本書で紹介されている例も、概ねそれが当てはまる。事業承継者だけではなく、その配偶者が活躍する例も多い。やはり斬新な視点やしがらみに縛られない発想などが、それまでの常識を覆し、新しい価値創造に結び付きやすいのである。また、都市部の大企業で磨いたスキル(法人営業、海外マーケティング、ウェブ作成など)が地方の地場産業ではさらに大きな価値を持つ可能性があるというのも大事な指摘である。
新しいイノベーションを起こしつつも、地域からの支援も受けなくてはならないという点もポイントだ。地元で嫌われては商売はできない。斬新な試みをしながらも、無駄に敵を作らない、あるいは徐々に味方を増やしていくという視点は非常に重要だ。世の中は捨てたものではない。正しく頑張っている人間には手を差し伸べる人間がいるものだという事実は、まさに同じ立場に立つ人間を勇気づけるだろう。
都市部の人間にとってもこうした地方のイノベーションは魅力的な場である。全員が都市部の雑踏や猥雑さが好きなわけではない。その地方ならではの強みを再発見し、面白い事業の機会を作れれば、人はやってくるのである。
本書は16の事例を紹介しつつ「代替わりイノベーション」のヒントを提示しているが、すべての現場には固有の事情というものがある。共通項の高いセオリーはセオリーとして理解しつつ、自分の置かれた立場独自の固有性をいかに解決あるいは利用するかも読者には考えていただきたい。
(しまだ・つよし グロービス経営大学院教授)