書評・エッセイ

2019年6月号掲載

新潮選書フェア新刊

鶏郎グループの進出と展開を追う

――泉 麻人『冗談音楽の怪人・三木鶏郎 ラジオとCMソングの戦後史

小林信彦

対象書籍名:『冗談音楽の怪人・三木鶏郎 ラジオとCMソングの戦後史』
対象著者:泉麻人
対象書籍ISBN:978-4-10-603842-6

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 三木鶏郎の仕事について、簡単な一代記と共に二百枚ぐらい書いておければな、というのが、私たち昭和ヒトケタ人種の願いであった。あまり、長い文章は鶏郎グループ向きではない。二百枚ぐらいが丁度いい。
 私など丁度よかった年代ではある。しかし、そう言いながら実行できなかったのは、あまりに近いところにいたから――というせいもある。
 この本の著者・泉麻人氏は、CMソングから鶏郎グループを調べに入ったようだが、私は若い時、野坂昭如(あちらが二歳上だと思う)や永六輔(学年的には向うが一つ下になる)と親しかったし、それと関係なく、まず冗談音楽に興味を持っていた。
 鶏郎のラジオデビューである〈歌の新聞〉がNHKで始まった一九四六年一月といえば、私は上越に疎開していた。高田中学の一年生だった。(ということは、敗戦の年も中一ということだ。いちいちうるさいだろうが、鶏郎グループというと、どうしても、年代がつきまとう。)
 では、中学一年生のころから鶏郎を聴いていた私がなぜタッチしなかったかといえば、永六輔が野坂さんを好んでいなかった。立場上、こういうことになるが、野坂さんも永六輔を好かなかった。鶏郎グループでいえば、優等生とチョイ不良(ワル)ということになるのか。
 しかし、CM作家としても売れっ子だった野坂さんは、小説「エロ事師たち」で三島由紀夫にほめられ、〈プレイボーイ〉としてマスコミに入ってきて、のちに直木賞を得た。すごい出方(でかた)であるが、独特の文体とともに野坂さんを尊敬する人が多くなった。
 この二人が、結果として、鶏郎に人々が近づくのを防いだことになる。あと、年長のキノ・トールさんと神吉拓郎さんがグループの中核にいたが、グループの歴史についての私の問いに、神吉さんは「私は何も知らない、キノ・トールさんに訊けば?」と言った。キノ・トールさんは、といえば、そのころ忙しくて、問い合わせに答えてくれる、とも思えなかった。
 こうした状態の中で、三木鶏郎さんはご自分のCMの戦略を進めていたのではないか。
 私は、といえば、まず〈歌の新聞〉のころは、かかさず聞いていた。これは四六年夏に終ったと、この本にあるが、私はそれでもなお、冗談音楽をききたいと思っていた。そういう人が多かったと見えて、四七年十月に始まったNHKの〈日曜娯楽版〉の中のコーナーとして〈冗談音楽〉は復活している。〈歌の新聞〉〈日曜娯楽版〉とあってしだいに衰え、五二年夏ごろに〈日曜娯楽版〉は〈ユーモア劇場〉に衣替えするが、吉田茂をからかって、気むずかしそうな声とともに「ワンマン」と入っていたころのサビはもうなかった。風刺がおとろえた時期は、このグループをCMに使おうとする人々が多くなっていたと思う。
 なにしろ、「南の風が消えちゃった」というハワイアン風の歌が鶏郎グループの最初であり、これはアマチュアリズムの強みである。日本がアメリカとの戦争に敗(やぶ)れ、私の家でいえば、旧日本橋区の家を爆撃で焼かれ、財産もすべて失った。行き場がなく、新潟県の南の新井(あらい)という町にたどりついて、翌年の一月にこの歌(むろん、南方を侵略した日本軍が全滅した、という意味が入っている)を聞くだけで身にしみたのは説明するまでもない。
 私がこのグループを見たのは、高校のころ、日劇で〈踊る京マチ子と冗談音楽〉というショウをやった時である。京マチ子はまだ映画スターではないし、冗談音楽のグループも貧しげであった。三木のり平と千葉信男がコントをやっていたことだけを覚えている。

 鶏郎グループがCM界に進出した、といっても、あ、そう、という言葉しかなかった。吉田茂のようにゴウマンな老人に対して、「ワンマン」というつぶやき一つで批判するといった技(わざ)を用いた鶏郎はどこへ行ったのか。社会及びNHKが大きく右にカーヴしているのを私はまだ知らなかった。
 大人になってからは、日本テレビの仕事をしている時、まず、弟の三木鮎郎さんが私たちの仕事場へ遊びにきた。アメリカのスタンダップ・コミックのレコードを訳してくれたのが面白かった。鶏郎さんにも一度会い、昔の話をきかせてください、と言うと、「ヨットの方に遊びにいらっしゃい」と大人の反応をしてくれた。結局、その機会は訪れなかったけれど。
 この本は、小さな鶏郎グループのCM界にひろがってからの事情が鋭く、こまかく描かれている。著者の興味がCMに向いているからであろう。

 (こばやし・のぶひこ 作家)

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