書評
2019年7月号掲載
アラサー三人組、第二弾もトンチキ絶好調!
東川篤哉『ハッピーアワーは終わらない かがやき荘西荻探偵局』
対象書籍名:『ハッピーアワーは終わらない かがやき荘西荻探偵局』(新潮文庫改題『かがやき荘西荻探偵局2』)
対象著者:東川篤哉
対象書籍ISBN:978-4-10-101272-8
あのお気楽三人組が帰ってきた!
二十九歳なのに女子高生コスプレの関礼菜、中国地方のものらしき謎の方言を操るヤンキーの占部美緒、そして推理オタクにしてリーダー格の小野寺葵。西荻窪のシェアハウス〈かがやき荘〉に暮らすアラサー女子三人の連作ユーモアミステリ第二弾である。いやあ、このスットコドッコイな三人に再会できる日を待ってたよ。
脇を固めるメンバーも相変わらずだ。〈かがやき荘〉の大家にして、JR中央線界隈で絶大な権勢を誇る法界院財閥の会長、お茶目なオバサン(と本人に言うと逆鱗に触れるが)法界院法子。フリーター暮らしで万年金欠の三人組は、家賃を免除してもらう代わりに法子が持ち込む探偵仕事を請け負う――というのが毎回のパターンだ。法子と三人組の連絡係を務めるのが、法子の遠縁にして見習い秘書の成瀬啓介である。この物語のツッコミ役だが、周りの女性たちが隅から隅まで変わり者なので全方位にツッコまねばならず、忙しいことこの上ない。
シリーズ第一作『かがやき荘西荻探偵局』では、三人組と啓介の出会いから描かれたが、本書では知り合いから相談事を持ち込まれた法子が、
「ねえ、啓介君、『かがやき荘』の三人組、そろそろ家賃が溜まっているころよね?」
と、啓介の言葉を借りれば「まるで『マイルが溜まっている』みたい」に話を振るまでに至っている。
となればさぞや有能な探偵たちなのだろうと思いきや、いやいや、そこは東川篤哉だもの。有能ではないとは言い切れないと言えないこともないこともないこともないが、有能ぶりよりトンチキぶりが際立つのが持ち味だ。
本書も前作同様、四編が収録されている。
イケメンの社長令息がなかなか結婚しない理由を調べているうちに殺人事件に発展する「若きエリートの悲劇」。死体発見現場から逃走した礼菜が容疑者として追われる「ビルの谷間の犯罪」。ドアと窓のひとつには内鍵がかかり、唯一施錠されていなかった窓には鉄格子がはまっていた部屋で刺殺死体が発見される「長谷川邸のありふれた密室」、そしてコスプレ中の礼菜が襲われ、貴重なマントが奪われる「奪われたマントの問題」。あれ? こうしてみると東川さん、礼菜に厳しくないか? コスプレ女子に何かトラウマでも――と、そんなことはさておき。
読みどころのひとつめは、何と言っても軽妙にしてコミカル、というかむしろドタバタな会話劇である。イケメンのヤンエグ(死語)が結婚しない理由を「女がいる!」と決めつけたかと思えば「男だったりして」という啓介の軽口にゴクッ、ムフッ、ウフフッと興奮し、密室の物理トリックのヒントを見つけた途端「この密室、ウチには見えたっちゃよ!」と調子こいて断言する。おまえたち、ちょっと落ち着け、と啓介ならずとも肩を押さえつけたくなる暴走ぶりが楽しくて仕方ない。
ここで、この楽しさを演出する著者の技術に注目願いたい。三人が続けて同じような発言をするとき、それぞれ喋り方を変えながらぴったり同じ文字数で納める、あるいは一定の文字数を減らしたり増やしたりして行の見た目を規則的にする、という工夫をしているのだ。それだけで三人のセット感が増し、会話劇にテンポが生まれる。お気楽な文体に見えて、実はかなり計算しているのである。
巧緻に計算されているのは文体だけではない。ミステリ部分もだ。というかそっちが主眼だ。素っ頓狂なキャラクターたちにわははと笑っていると足をすくわれる。前作ではアリバイトリックを扱ったものが中心だったが、本書では半分が密室、もう半分は「何かを錯誤させる」というタイプの仕掛けだ。物理トリックと心理トリックの両輪で、東川篤哉は読者を翻弄するのである。特に第一話の、死体が全裸だった理由には膝を打った。実に鮮やかだ。
アラサー三人組は雑誌での初登場からほぼ五年になる。だが永遠のアラサーとして、ぜひ今後もシリーズを続けてほしい。この世知辛い世の中、仕事より趣味に生きて、呑んだくれて、金はなくてもお気楽に暮らしている、そんな彼女たちを見ていると気持ちが楽になる。それでいいじゃん、と笑えてくるミステリなのである。
――でも家賃は払った方がいいと思うぞ。うん。
(おおや・ひろこ 書評家)