書評
2019年7月号掲載
「闘い」の歴史から見るネットフリックスの凄さ
ジーナ・キーティング『NETFLIX コンテンツ帝国の野望―GAFAを超える最強IT企業―』
対象書籍名:『NETFLIX コンテンツ帝国の野望―GAFAを超える最強IT企業―』
対象著者:ジーナ・キーティング著/牧野洋訳
対象書籍ISBN:978-4-10-507121-9
ネットフリックスの凄さを初めて体感したのは、私がアメリカに住んでいた2012年、友人の家を訪ねたときだった。リビングがシアタールームになっていて、スクリーンにはネットフリックスの映画が流しっぱなしになっている。テレビは? と聞くと、ないという。もう一人の友人はアップルTVしか見なかった。コードカッティング(ケーブルテレビの解約)というアメリカ社会の大きな変化を目の当たりにした。
日本に帰ってきてからしばらくすると、日本でもネットフリックスのサービスが始まった。私自身もネットフリックスやDAZNなどのストリーミングサービスにはまり、テレビに触れる時間が減っている。
こうしてネットフリックスは世界の視聴者の行動を変え、既存業界を大きく揺さぶっているわけだが、彼らが一体どういう企業なのか、皆さんはご存じだろうか。本書は、知られざる創業の話から始まり、ネットフリックスのライバルであったアメリカ最大のビデオレンタルチェーン、ブロックバスターとの熾烈な競争を中心に描いている。一言で言うと、「闘い」の本だ。秀逸なのは、勝者ではなく、敗者をしっかり描いているところだ。勝者だけを見ていても、企業の本当の強さはわからないのである。
私から見ると、本書には三人の主人公がいる。一人はネットフリックスの創業者であり、現CEOのリード・ヘイスティングスだ。彼がものすごいビジョナリーであることは本書を読めばすぐにわかる。世界一のエンターテインメント企業になる、そしていい映画をダイレクトに消費者に届ける。この大きなビジョンがまったく揺らがない。だからこそネットフリックスは、DVDの宅配レンタルサービスとしてスタートしながら、ストリーミング配信への切り替えや、オリジナルコンテンツの制作へと大胆に舵を切ることができたし、そこで勝利することができたのである。一方で、ヘイスティングスはものすごく厳格で、部下にとってはきつい性格の持ち主でもある。
もう一人の主人公は、本当の意味での同社の創業者であるマーク・ランドルフだ。じつはネットフリックスのビジネスアイディアと創業はこのランドルフによるものだ。出資者であるヘイスティングスが途中から経営の舵を握り、ランドルフを追い出す形になる。ひどい話に見えるが、これはシリコンバレーではよく見られるパターンだ。成功した経営者は、大金を手にしてエンジェル投資家になる。ヘイスティングスも最初の起業で大成功した投資家だ。それで最初は投資だけして放っておくが、しばらくすると自分がやった方がうまくいくと思い、創業者を追い出す。イーロン・マスクが電気自動車のテスラでやったこともまったく同じだ。
でもだからこそうまくいくのかもしれない。実際、私もランドルフがやりたかった家族的なチームでは成長に限界があると感じた。シリコンバレーで本当に勝つ経営者は、自分の世界観をつくって、規律と統制で引っ張っていくものだ。
三人目の主人公は、ブロックバスターのCEOジョン・アンティオコだ。そもそもは有能な経営者なのに、リアル店舗を切り離すことができず、大胆なデジタルシフトに踏み切れない。投資家カール・アイカーンからの横槍もあって、思うように会社を動かせなくなっていく。そして最後は退任し、ブロックバスターは破綻する。
つまり、ヘイスティングスが勝って、ランドルフとアンティオコが負ける物語といえる。勝ったヘイスティングスの側だけから描いたら絶対に見えてこない世界で、とにかくものすごくリアルだ。シリコンバレーの真実がよくわかる。でもこの負けたランドルフとブロックバスターは、家族経営だったり、大胆な変化ができないあたりが、じつは日本人と日本企業に重なるかもしれない。だからこそ多くの日本人、ビジネスパーソンにぜひ読んでほしい。
ネットフリックスの闘いの歴史は事件が多いうえに、その一つ一つが濃厚で、本書ではかえって淡々と見えるほどだ。おそらくビジネススクールでケーススタディーをしようと思ったら、100本以上のケースが生み出せるだろう。それくらいのテーマがこの一冊に詰まっている。私としては、全体から競争と敗者の歴史を辿ってほしいとも思うが、15章あるチャプターをつまみ食いして、みんなで議論するのもありだろう。私のオススメは2章と12章である。
(いりやま・あきえ 早稲田大学ビジネススクール教授)