書評

2019年7月号掲載

私の好きな新潮文庫

1cm以内の物語

夢眠ねむ

対象書籍名:『あつあつを召し上がれ』/『キッチン』/『星の王子さま』
対象著者:小川糸/吉本ばなな/サン=テグジュペリ
対象書籍ISBN:978-4-10-138341-5/978-4-10-135913-7/978-4-10-212204-4


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①あつあつを召し上がれ 小川糸著
②キッチン 吉本ばなな著
③星の王子さま サン=デグジュペリ著

 夏になると新潮文庫にそわつく自分がいる。
 読書感想文をどの本で書こうか、と本屋を覗くのは夏休みの風物詩であった。
 あれも読みたいこれも読みたい、推薦図書は誰かと被っちゃうかなぁ、など悩むことが多い中で「新潮文庫の100冊」の棚にはかなりお世話になった。そこから更に1冊に絞り込むためウンウン唸って選んだ記憶がある。
 今でも「新潮文庫の100冊」のポップを見ると夏が来たなぁ〜としみじみして、気付くと数冊抱えて帰る、そんな読書感想文のない夏も幾度となく過ごしている。
 私が文庫を買うとき、というのは「好きな単行本が満を持して文庫化されたので持ち運べる喜び」パターン、「タイトルと概要は知ってるけど未読なので読んでみよう文庫なら気軽だし」パターン、「今から旅行なんだけど空港や駅でつい本屋に寄ったら案の定読みたい本がある」パターンに分かれる。
 前者2つは厚みを気にせず買うのだが、最後の1つはそうはいかない。なぜ厚みを気にしているかというと、既に家から積読を数冊持ってきているのだ。この時点で重い。なんなら、たんまりダウンロードしてある電子書籍もある。それに、あまりにも長い作品を読み始めてしまうと途中で閉じられず、車窓から見える景色などそっちのけになってしまい、酷い時は二宮金次郎スタイルでも読みたくなってしまうほど集中してしまうので旅に向かない。
 ここで私は自分にルールを課す、旅先で買ってもいいのは「1cmまでの文庫」。
 今回は旅に連れて行った、1cm以内にぎゅっと詰まった文庫を紹介しようと思う。
 
 小川糸『あつあつを召し上がれ』、7mm。

img_201907_17_2.jpg  短編が7編収録されている。私は食べ物関連の作品に目がないのだが、小川糸さんの作品に出てくる食べ物は温度まで伝わる。まさにタイトル通りにあつあつ。しゅうまいの描写に口の中はホフホフし、ポトフがじんわり沁みる。"美味しそう"を突き詰めた感覚である官能も感じられてドキリとする。私の人生の節々にも象徴的な食べ物があるが、こうしてチャプターごとに食べ物がある人生をおくれるのは幸せだ。たとえそれがしょっぱい失恋でも、苦い別れでも。
 
 吉本ばなな『キッチン』、7mm。img_201907_17_3.jpg  私が紹介するまでもない、刊行から30年以上が経った今も愛され続ける作品。旅行というインスタントな孤独とこの作品の主人公が置かれている環境は全くもって比べ物にならないけれど、ここではないどこかへ引き離されて自分が浮き彫りになっている時に似合う。死と、生に、当たり前にしっかり向き合うこと。今日も自分でいること。キッチンは孤城であり、愛を育む舞台だ。
 読むたびに心に残る言葉があるけれど、今回読み返して響いたのは「人はみんな、自分の気持ちの面倒は自分でみて生きているものです」。
 
img_201907_17_4.jpg  最後に、私が新潮文庫で何度も繰り返し買った本。サン=テグジュペリ『星の王子さま』。
 なんで何度も買う必要があるのかと思われるかもしれないが、私にとって星の王子さまこそ旅先で読みたい1冊だ。
 はじめて自分の計画で旅に出た時、肩から斜めがけするちょっと大げさなブックカバーに収めたのがそれだった。そこから私にとって旅に出る時に持って行く本となった。読みたくなるとその都度買う。持ち歩くし、プレゼントするし、なくす、となるとまた手元からなくなる。
 本当は1冊を丁寧に大事にすべきなのだけれど、なぜか星の王子さまだけは何度も買っている。今回も、星の王子さまは何mmかなと本棚を探したら見当たらなかった(そんなはずないのに!)。最寄りの本屋に行き、新潮文庫の棚を見る。必ずと言っていいほどちゃんとそこにある星の王子さまを購入し、測ってみるとちょうど1cmだった。

 小さいカバンに1cmの厚みを忍び込ませて今日も出かける。この夏はどこへ行こうか。

 (ゆめみ・ねむ 書店店主/元でんぱ組.incメンバー)

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