書評・エッセイ

2019年8月号掲載

専業主婦の新しい実態

周燕飛『貧困専業主婦』(新潮選書)

藤田孝典

対象書籍名:『貧困専業主婦』(新潮選書)
対象著者:周燕飛
対象書籍ISBN:978-4-10-603844-0

 本書はいわゆる「専業主婦」と呼ばれる人々の実態を明らかにした画期的なものである。今まで漠然と存在した「専業主婦」という社会通念、固定観念が崩壊することは必至であり、問題提起をおこなった著者に敬意を表したい。
 かつて「専業主婦」は、日本の高度経済成長を支える「陰の主役」であり、仕事に専念する夫の「サイレントパートナー」と言われた。家事、子どもや夫の世話、家族の介護、学校や地域社会の見回り役などを一手に引き受け、夫が仕事に専念できるように努めてきた。
 日本の家庭において専業主婦が主流だったのは昔の話で、以前と比べると共働き世帯が増えている印象を持つ人が多いのではないだろうか。実態としても専業主婦世帯よりも夫婦共働き世帯が多く、その数も逆転している。現在の専業主婦は、夫の収入が高い、少数の裕福な家庭に限られていると見られていた。「あなたはいいわね。夫が高給取りで働かなくてもいいんだから」と。しかし、著者は調査結果から、専業主婦のうち約8人に1人が貧困に陥っており、妻がパートの共働き世帯(貧困率9%)よりも貧困であるというデータを導き出す。前述した「専業主婦=高収入男性の妻」というイメージが崩れた瞬間である。
 本書は、これまでにほとんど調査研究が存在していなかった専業主婦の貧困問題について、2011年から2016年までの「子育て世帯全国調査」をもとに、独自研究を行い、「貧困なのに専業主婦」の疑問点を一つずつ解き明かしている。登場する6名の「貧困専業主婦」のケースから、女性が専業主婦になる理由は、「自己都合型」と「不本意型」の大きく二つに分けられるという。
 自身が抱えるうつ病や子どもの障害、職場環境に適応できず再就職するも継続することが難しいと嘆く主婦。世帯収入は、国の貧困線を大きく下回っているのに、車を所有しているとの理由で生活保護を受けることもできないなど、働きたくても働けない「やむをえない理由」をもつ主婦。
 自分の給料と子どもの保育料とのつり合いがとれないから働かないなど、「貧困なのに専業主婦」をあえて選択した人もいる。働きに出れば、無料もしくは極めて安い保育料で認可保育所を利用できるのに、自らその権利を放棄している貧困・低収入家庭の専業主婦も大勢いる。
「子どものためには家庭に入る方がいい」、「子どもが小さいうちは、経済状況が多少苦しくても、専業主婦でいる方が『子どものため』になる」。そう信じている日本人は今も少なくない。
 筆者は、「専業主婦は経済的に損をする」ことが各研究より明らかにされているものの、それでも日本では専業主婦が支持される理由に、金銭では測定しきれない幸せの尺度があることが見え隠れすると述べている。確かに、幸せは個人の主観に過ぎない。中には、貧困・低収入ながらも高い幸福感を得ている専業主婦もいる。子育てと夫婦関係が比較的良好であると低収入ながらも幸福度が高いというデータもある。ただし、自分が「幸福」と感じているものの、客観的にみるとむしろ「不幸」、相対的貧困とも言える状態にいる貧困専業主婦は少なくない。
 本書では、「貧困専業主婦」を一つの「社会現象」と捉え、「貧困の罠」、「制度的罠(配偶者控除、社会保障制度、配偶者手当など)」が意図せずに専業主婦コースへと誘導する効果があるとしている。働く希望を持つ貧困専業主婦の労働を阻害している「社会的な障壁」が確かに存在し、「貧困なのに専業主婦」というジレンマが解消できない。
 右肩上がりの高度経済成長期に作られた税制度や社会保障制度は、「専業主婦」モデルを補完し、強化するための様々な仕組みとして今も機能している。「高収入男性の妻ほど専業主婦になる」は昔話であるにもかかわらず。
 筆者は、例えば、認可保育所の「お試し利用券」を発給し、「1日あたり○円、○回を上限とする」、「就労体験プログラムへの参加を条件とする」といった制約を設けるなど、女性の就業選択を軽く誘導(NUDGE:ナッジ)すること、つまり、国民に物事を判断させる情報と経験を付与するなど、具体的な解決策も提案している。
 さらに「専業主婦=高収入男性の妻」とは言い切れない現代の日本社会において、貧困専業主婦世帯の子どもは、6人に1人が病気か障害を抱えており、健康格差や教育格差を生み出しているという。この「貧困専業主婦」という可視化した社会現象から、現代の社会保障制度や税制度を見直す必要があるだろう。まずは読者諸氏に「専業主婦」の新しい実態を知ってほしいと思う。

 (ふじた・たかのり NPO法人ほっとプラス代表理事・社会福祉士)

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