書評・エッセイ

2019年8月号掲載

平成に起きたこの国での本当の革命

嶽本野ばら『純潔』

嶽本野ばら

対象書籍名:『純潔』
対象著者:嶽本野ばら
対象書籍ISBN:978-4-10-466006-3

 レジスタンスと似て非なる言葉にプロテスタントが、ある。前者は反抗・抵抗であるが後者は抗議の意味を持つ。
 今回僕が上梓した『純潔』は二〇一三年に脱稿していたものを紆余曲折の後、単行本化したものなので近未来である筈が、もう一つの近過去という設定になってしまった。
 なので読者の違和感を考慮し、あとがきを追加することにしたのだけれども、当然、脱稿当時と令和元年、現在の間に起こった出来事を振り返らなければならなくなった。そしてISILよりも自分を驚かせたのは今は上皇となった一二五代天皇の退位表明であったと書いたのですが、意図がイマイチ伝わらない疑念が生じてきたので、この場を借りて記しておきたいと思います。
 何故、天皇は自ら退位の意思を伝えたのか? 高齢故(ゆえ)に職務を全うするのが難しくなった――。そうじゃないだろう。僕は想像する。天皇は激怒した結果、捨て身でプロテスタントを行ったのではなかろうか......?
 貴方自身が天皇である場合をシミュレーションしてみればいい。戸籍や苗字すらない、国家の純然たる象徴として機能することのみを義務付けられた人間が、どれだけ個人的な意見や心情の開示の制約を受けるのかを。政治的な発言は一切、認められない。ロッテリアよりマクドナルドが好きだともいえず、メルカリの匿名売買すら慎まなければならない。平和を願うとはいえようと、戦争をする国はよくない――と口にするのは許されない。そのような人間が政治に異議を唱えようとする場合、何が可能か?
 いいですか、彼は社会への意趣返しの表明として新幹線の中で灯油を被り、焼死してみせることすらやれないのですよ。恐らく自殺そのものは天皇にとって最大の禁忌だろうし、仮にやったとして秘密裏に処理されるでしょう。なにせ国家の象徴とはいえ戸籍すらない人間です。隠蔽はとても容易(たやす)い筈です。そこで天皇は考えた。自分の抗議を伝達する唯一の方法は退位の表明しかないと。
 低所得者の現状なり超過労働の現状を天皇が把握することはありません。当然です。それでも、限定された世界の中からではあれども、彼は日本の政の中枢を見続けてきた。
 彼は、自らの退位に拠り現政権に対し、貴方達は国民の為に命を張っているのか? を問うたのです。幼い頃から私が眼にしてきた政治家達は、私利私欲に走ることもしたし、間違った判断もした。しかし歴代の内閣は命を賭して任務に就いてきた。これはリーダーシップを託された者の最低限の礼節だろう。私は今の貴方達に全責任を負おうとする気概を見出せない。象徴である私は何の権限も持たないが、その脆弱な姿勢に対し激しく抗議をする!
 政治の中枢に携わる人間をもっとも近くで、しかし利害関係なくその人となりをフラットに観察してきたのは、天皇だけかもしれません。
 僕は天皇制の廃止を望むのだけれども、このようなプロテスタントに出た上皇個人に対しては強いシンパシーを感じるし、この人の代の元号を共に生きられて良かったと思います。少なくとも私の代にこの国が戦争をしなかったことに安堵している――と前の誕生日に際して彼はいいました。僕が書いたのは、天皇の称号の分譲に拠ってこの国の中に独立自治の国家を成立させるという危険思想の革命軍の物語ですが、実は一番、読んで感激をしてくれるのは上皇かもしれない......とすら思う。
 今年のゴールデンウィーク後半、MILKに行く為に原宿に寄ったのだけれど、原宿駅周辺にとんでもない人混みが出来ていた。新元号になったから明治神宮へという観光客の群れだ。今回の退位に対し平成への黙祷を捧げることはあれど、どうして物見遊山がやれるのだ? この愚かな国民のことを想ってくれた上皇の孤独な抗議に僕は何時(いつ)までも敬意を表そう。
 心に誓い、この日、MILKで買ったのはフラワープリントのTシャツでした。上皇よ、何時か一緒に蜜蝋のキャンドル、作ろうぜ。ハゼ釣りに行こうぜ。あんたのおかげで未来は少しよくなる筈さ。あんたは最高のエンペラーだったよ、ラブ&ピース!

 (たけもと・のばら 小説家)

最新の書評・エッセイ

ページの先頭へ