対談・鼎談

2019年11月号掲載

辻村深月『ツナグ 想い人の心得』刊行記念対談

「ご縁」が繋ぐ、出会いと想い。

辻村深月 × 松坂桃李
文・立花もも

人生で一度だけ、死者との再会を叶えてくれる使者をめぐる物語『ツナグ』。9年ぶりの続編刊行に際し、主人公・歩美を映画で演じた松坂桃李さんと辻村深月さんに対談していただきました。

対象書籍名:『ツナグ 想い人の心得』
対象著者:辻村深月
対象書籍ISBN:978-4-10-138883-0

辻村 私は、自分を運のいい作家だと思っていて、その理由の一つに『ツナグ』を松坂さんの映画初主演作品にしていただけたことがあるんです。どんな作品に出演されても、松坂さんのプロフィールを見ると、いまも必ず『ツナグ』のタイトルが最初に書かれているでしょう?

松坂 絶対に書かれますね。

辻村 松坂さんにとってターニングポイントとなるような大事な時期を歩美にわけていただけたことが光栄ですし、その後、演じる役の幅を広げてどんどん活躍されていくのを観るたび、一人の俳優さんを時間の経過とともに追っていく楽しみを感じます。最近は声優のお仕事もされていますよね。『パディントン』の吹き替えをされていたり、松坂さん目当てじゃなかった作品で松坂さんに出会う、という機会も最近とても増えています。

松坂 恐縮です......。僕にとっても映画『ツナグ』は特別で、過去最高に緊張した作品なんですよ。初主演というだけでも浮足立つのに、ばあちゃんは樹木希林さん、大伯父は仲代達矢さん、呼び出す死者が八千草薫さんと、俳優界のレジェンドに囲まれての撮影でしたから。

辻村 一本の映画でそれだけの方々と共演する機会はなかなかないですよね(笑)。

松坂 そうなんです。もう二度とないであろう僥倖でした。だから今回、続編を読ませていただけてとても嬉しかった。あっという間に読み終わったんですが、第一話はちょっと笑ってしまって......。

辻村 あははは! 笑いましたか。

松坂 はい。だって、語り手が特撮ヒーローを務める俳優じゃないですか。

辻村 はい。もちろん、松坂さんの影響で生まれた設定です。というのも、私の妹は『侍戦隊シンケンジャー』が大好きで、歩美役が松坂さんに決まったときは「殿じゃん!」と大騒ぎだったんですよ。撮影現場の見学に行く前は、妹セレクトのおすすめ回を拝見し、映画が完成する頃には全話観終わっていました。

松坂 そんなにちゃんと観ていてくださったとは......!

辻村 以来、特撮そのものにもハマってしまい、最近は子供が年頃になってきたこともあり、家族全員で特撮ファン。笑ってくださったのなら、書いた甲斐がありました(笑)。

松坂 ただ、導入でくすりとした後に、歩美ではない人がツナグとして登場するじゃないですか。「え? 歩美どこ行った?」って焦り、こういうことが起きてるのかな、いやもしかしたら、とあれこれ想像しながらページをめくっていくと、意外なオチが用意されていて......。前作のファンはよりいっそう嬉しくなるだろうし、僕はもう一度、前作を読み返したくなりました。そしてラストまで辿りつくと、一冊の台本を読み終わったような達成感があり、撮影現場の記憶が蘇ってきたりもして。

辻村 へえ~!

松坂 スタジオで撮影していたとき、ものすごいイビキが聞こえてきて、監督が「誰だ!」って怒ったら希林さんが寝ていたなとか、休憩中に希林さんのくれたお煎餅を食べて「ぬれ煎餅ですか?」って聞いたら「湿気てるだけよ」って言われたなとか。自宅にあったお煎餅を持ってきて配ってらっしゃったんですよね(笑)。あとは、希林さんが現場でもばあちゃんでいてくれたから、原作から感じた歩美のおばあちゃん子という印象を自然に出すことができたよなあ、とか。

辻村 ああ、それで。劇中でおばあちゃんが、佐藤隆太さん演じる依頼人の土谷さんにお菓子をあげるシーンがあるんですよね。原作にも脚本にもなかったはずなのにと印象に残っていたんですが、きっと樹木さんのふだんのお姿から生まれた演出だったんですね。

松坂 そうです。映画が公開されたのは七年も前のことなのに、そうした風景がまざまざと浮かび上がってきて、「キャストは誰だろう」「このシーンはきっとこう撮るだろうな」ということだけでなく、「この映画はどうプロモーションしていこう」とすでに撮り終わったかのような気分にさえなりました。

老人が得た初めての感情に涙する

辻村 とくに好きだったエピソードなどはありますか?

松坂 二話の「歴史研究の心得」ですね。依頼人の鮫川老人がまず魅力的で、文字だけなのに、顔の輪郭や表情が手にとるようにわかったんです。よくしゃべって、押しが強くて、とっつきにくいんだけど憎めないおっちゃん、みたいな。いますよね、こういう人。

辻村 いますね(笑)。依頼の相談をしにきたのに歩美の都合を聞かずにまずあんみつを買いに行っちゃったりとか。歩美が遠慮しようとしても「約束しましたね」って押し切っちゃう。

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松坂 一方的に言ってただけで約束じゃないのに(笑)。で、その鮫川老人が会いたいのが、地元の英雄として伝わる、戦国時代の上川岳満。生涯をかけて岳満の研究をしていた彼が、どうしても解明できない謎の答えを本人から聞きたいという、壮大なロマンにときめきました。......あの、これはどこまでが史実なんですか?

辻村 そう思ってもらえたなら大成功!実は、ほとんどフィクションなんです。

松坂 えっ! モデルになった人とかは。

辻村 いません。領主が名君そうな土地がいいなと思って「よし、上杉謙信にしよう」と新潟に決め、岳満の残したとされる和歌も、専門家の方にご相談しながらつくっていただきました。

松坂 そこなんですよ。和歌と上杉謙信の名前が出てくることによって、リアリティが増しているんですよね。

辻村 続編を書くとなったとき、絶対に書きたかったのが「歴史上の人物に会いたいと願う依頼人」だったんです。映画のプロモーションのとき、キャストの方々が毎回、歴史上の人物なら誰に会いたいかと聞かれているのを見て、その選択肢があるのかと初めて気がつきました。とはいえ本当に会うとなったら、同じ日本語でも時代によって語る言葉は違うでしょうし、そもそも面識のない現代の人間にどういう理由なら会ってくれるのだろう、という疑問が湧き、それを起点に細部を組み立てていきました。

松坂 対面して知る真実の内容についても、またよくて。いかに英雄と言われた人でも所詮は人間だから、まわりが勝手につくりあげた人物像であることも多いだろうし、本当のことというのは意外とこういうものなんだろうな、と妙にすとんと腑に落ちました。

辻村 「歴史研究の心得」と銘打つからには、後世の人たちがエゴを載せてロマンに仕立てあげてしまう面も、ちゃんと描きたかったんです。「歴史」も語ることで誰かの主観がどうしても入る。たとえがっかりするようなものだったとしても、語られていく過程で起きるのはそういうことなのだと。

松坂 僕はがっかりしなかったですよ。むしろちょっと、泣けた。生涯を賭して研究を重ねてきたことの結果が、八十歳を過ぎてなお、うまく言葉にできないほどの興奮と感情を味わうことだった、っていうのがもうたまらなくて。『なんでも鑑定団』を観ていると、ときどき、鑑定士のおじいさんがあまりに予期しなかったお宝に出会って泣く、みたいな場面があるじゃないですか。その道何十年もの大ベテランで、酸いも甘いも噛み分けてきたはずの人なのに、たった一つの出会いがもたらす感情が、理屈や経験を超えてしまう。その瞬間を目の当たりにしたとき、僕も同じように胸が詰まる。それと同じものを第二話からは感じました。

「ご縁」が物語を繋いでいく

辻村 逆に、事実をベースにしたお話が第三話の「母の心得」。ドイツ留学した娘が癌になってしまい、若くして亡くなった後、ドイツに行ってみたら......というくだりは『東京會舘とわたし』の取材で出会った方にお聞きしたことなんです。

松坂 娘に会いたいと依頼する小笠原さんですね。品のある、素敵なおばあさん。

辻村 お話を聞きながら「この二人を会わせたい」という気持ちがふつふつと湧いて出て、改めて『ツナグ』のために取材し、思い出を預けていただきました。第三話には、幼い子供を事故で亡くした重田夫妻も登場します。『ツナグ』が再会以前に別離の話である以上、親が子供を送らなきゃいけないつらさについてもいつか書かねばならないと思っていたのですが、重田夫妻単体では私が苦しすぎて書くことができなかった。そんなとき小笠原さんのモデルとなった方と出会い、その力を借りることで、「母の心得」のあのラストを書くことができました。

松坂 ご縁ですね......。

辻村 そうなんです。小説の前作と映画を通じて、『ツナグ』とは「ご縁」が存在する世界なのだと、確信をもつことができたんです。このタイミングでこんなことが起きるなんて、という奇跡のような瞬間を、『ツナグ』の世界観であればためらいなく書くことができる。

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松坂 今作を読んで、歩美の負うツナグの役目は、生と死だけでなくご縁を繋ぐものなのだという印象が強くなりました。

辻村 「ツナグに繋がらない人は繋がらないし、繋がる人にはちゃんと繋がるようになっている」というようなセリフを、映画で樹木さんにおっしゃっていただいたことでさらに強い説得力をもちましたし、私自身が年をとって、そういうこともあっていいんじゃないか、現実にはなかったとしても私が書くことで信じたいと思っている人たちに届いてくれたら、と思えるようにもなりました。だから『ツナグ』では、他の小説よりも、ベタな感情をためらいなく書いています。

松坂 僕も、仕事をするうえではすべてがご縁だと思うようにしているんです。やりたいなと思っていた作品がタイミングが合わずできなかったことも、まさかこんなところでこの作品に巡り合えるとはと思えることも。だから『ツナグ』の世界観にも、自然と心をシンクロさせられるのかもしれない。

辻村 先ほど映画は七年前というお話が出ましたが、実はこの小説における時間の経過も、前作から七年なんです。

松坂 ......! そういえば!

辻村 これもまたご縁なのかも。ただ、この感覚には必ず人のエゴがまじっている。前作を書いていたときにいちばん意識し、歩美自身も葛藤していたのが、死者の存在を生きている人間が勝手に自分のための美しい物語に変換していいのか、というところだったし、そもそも死んだ人に会いたいと願うことじたいがエゴだと思うんです。本当はもっと再会するにふさわしい人がいるかもしれないのに、自分が願い、それを受け入れてもらうことで、相手のチャンスを潰してしまう。そのことを決して忘れてはいけないなと思います。

松坂 最終話「想い人の心得」の依頼人・蜂谷はまさに、望まれていないとわかっていながら依頼し続けた人でした。

辻村 彼も当然、自分のエゴはわかっている。蜂谷は想い人・絢子に「私が会いたいのはお前じゃない」と怒られるその瞬間こそが欲しかったのでしょうね。鮫川老人にしても、きっと、真実を知っているのがこの世界で自分だけという特別感を手に入れたかった。それは仕方のないことだし、それでいいのだと私が覚悟を決めたことで、歩美の出会う依頼人のバリエーションもかなり広がったんじゃないかと思います。

相対する死者に映し出されるもの

松坂 今回、七年が経過して、歩美はすでに就職しているし、生涯の伴侶になるであろう女性にも出会う。ちょっと気恥ずかしかったですが、歩美ならそうするよなあということばかりで嬉しかったし、演じやすそうだなとも思いました。全部のシーンを歩美を通して体験してみたいです。

辻村 そう言っていただけてほっとしました。たぶん映画がなかったら私は続編を書かなかったと思うんです。完結した物語のその先を、というのはあまりイメージがわかなくて、シリーズものに対して憧れはあっても、自分はやらずに終わるのだと思っていた。でも映画のプロデューサーの方に「いつか歩美くんが誰かと結婚をして、その相手に自分がツナグであることをどんなふうに話すのだろう」と言われて、初めて歩美の未来を想像し、書いてみたい、と思いました。だから今回、このラストシーンにするというのは最初から決めていたんです。

松坂 そういう骨子がしっかりしているからなのかな。仮に映画の続編をやるとしたら、きっとみんな「ばあちゃんがいないのにどうするの?」って思うはず。でも、作中ではばあちゃんはすでに亡くなった後で、希林さんももういないけれど、それでもすごく面白い映画になるという確信をもって読み終えました。

辻村 前作でもそうでしたが、『ツナグ』では歩美の人生で大きく動く瞬間というのははっきり描かれていないんです。ツナグの役目を完全に引き継いだり、就職を決めたりという転機はリアルタイムで描かず、その間に焦点をあてる。完全に独り立ちした、おばあちゃんのサポートがない状態でどうツナグとしての役目に向き合っているのか。第四話「一人娘の心得」で書いたように、身近にいる大切な人を突然失ってしまったときはどうするか。大事なことは転機そのものではなく、間に流れる時間のほうで描けたらと思っているので、次にまた書くとしたら、結婚後の話になるんじゃないのかな。

松坂 聞きたいと思っていたんですが、続編を書かれるご予定はあるんですか。

辻村 十年に一冊ペースになるかもしれないですが(笑)、ライフワークのように、歩美の人生を追っていけたらいいなと感じています。人生ってわかりやすい断層で分かれているわけじゃなくて、グラデーションで積み重なっていくようなものだろうから、今は抜けたと思っていた葛藤にふたたび直面する日がくるかもしれない。そのとき彼を助けてくれるのはきっと、おばあちゃんや依頼人たちを通じて触れてきた「心得」なんだろうなと思います。

松坂 ......ああ、それはとてもよくわかる気がします。新人の頃は「帰れ!」って気持ちいいくらい怒鳴ってくれる監督もいたし、優しいだけじゃない教えの数々が僕を成長させてくれた。でも今は監督にさえ敬語を使われることもあって、それが淋しくも怖くもあります。だから僕、自分の中に、勝手に脳内監督を召喚して怒ってもらうようにしているんです。これまで僕を導いてくれたたくさんの人たちが、今の自分を見たらどう思うだろう、なんて言うだろう、って。

辻村 すごくよくわかります。私も「こんなもの書いてたら〇〇さんに怒られるよ!」って自分を叱咤しますし、今作での歩美も、悩むたび「おばあちゃんだったらどう言うかな?」って考えますよね。

松坂 似たくないと思っていた人の教えが、いつのまにか心に住み着いているってこともありますよね。僕の父はどちらかというと聞き上手で、一家の大黒柱らしい漢気溢れるタイプ、とは真逆の人。幼いころはそれがちょっといやだったりもしたんですが、いま僕もお仕事していて「相槌がうまい」と言われることがあって。今作の一話目「プロポーズの心得」で、父と息子の見えない部分で影響を受ける関係が描かれるのを読んだときも、なんかわかるなあって思いました。

辻村 そういう、誰かの心に残った想いのかけらを寄せ集めて一晩だけ人の形に保たせたものが、ツナグの呼び出す死者の姿なのかもしれないと思うことがあるんです。相対しているのは死者本人ではなく、自分の心に映ったその人。だからツナグは鏡を使うのかもしれない、と。

松坂 ああ......。

辻村 人はそうして生きているのだろう、と思います。だから私も、歩美に自分の心を映しながら、長く書いていけたらと思っています。今回、歩美以上に泰然とした杏奈という八歳の親戚の少女が出てきますが、彼女が年相応の顔を見せた恋の話も書いてみたいし、彼女が歩美に依頼をもちこむというのもおもしろそう。

松坂 映画化するときは杏奈のキャスティングがいちばん難しそうですね(笑)。

辻村 それこそご縁のタイミングで、まだ見ぬスターに期待を(笑)。けれど歩美はまたぜひ松坂さんに演じていただきたいな。今日お伝えしたとおり、続編となる今作は"松坂さんが演じた歩美"の影響を強く受けています。書き始めた当初は、原作での歩美が叔父さん夫婦とも暮らしていることを忘れ、映画のようにおばあちゃんと二人暮らしだと思い込んでいた(笑)。スタッフ・キャストの皆さんが世界観を作りこんでくれたからこその、幸福な経験をさせてもらいました。

松坂 身に余るお言葉です。むしろ僕以外がキャスティングされそうになったら全力で止めます(笑)。『ツナグ』がなかったら出会えなかった人たちがたくさんいて、歩美が依頼人たちとの出会いを通じて成長しているのと同じように、僕も『ツナグ』に生かされているような気がしているから。平川監督の撮る世界観でぜひ実現してほしいですね。

 (つじむら・みづき 作家)
 (まつざか・とおり 俳優)

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