書評・エッセイ

2019年11月号掲載

十二国記『白銀の墟 玄の月』刊行記念特集

すごいな小野不由美

小野不由美『白銀(しろがね)の墟(おか) 玄(くろ)の月』第一巻・第二巻

北上次郎

対象書籍名:『白銀の墟 玄の月』(新潮文庫) (一)・(二)/(三)・(四)
対象著者:小野不由美
対象書籍ISBN:978-4-10-124062-6 978-4-10-124063-3/978-4-10-124064-0 978-4-10-124065-7

 すごいな小野不由美。
 2001年4月に刊行された『黄昏の岸 暁の天(そら)』のあと、同年7月に『華胥(かしょ)の幽夢(ゆめ)』、2013年7月に『丕緒(ひしょ)の鳥』の2冊が上梓されていたものの、この2冊は短編集であった。長編はずっと出ていなかったのである。今回の『白銀の墟 玄の月』は、なんと『黄昏の岸 暁の天』以来、18年ぶりの長編だ。これまでの作品に漲っていた緊張度をはたして保てるのか、と心配するムキがあったとしても不思議ではない。なにしろ18年の空白があるのだ。
 全然大丈夫なので、安心されたい。パワーダウンどころか、むしろパワーアップしているのではないか。読み始めたらやめられず、一気読みである。すごいすごい。
 それにしても『図南の翼』が刊行されたのが1996年2月、その5年後に『黄昏の岸 暁の天』が出て、18年後に本書『白銀の墟 玄の月』が刊行、ということは、長編にかぎって言えば、『図南の翼』以降、23年間で2作ということになる。あれからたった2作なのかよ、と『図南の翼』を読んだときのことを懐かしく思い出すのである。私は、このシリーズの遅れてきた読者で、1996年に『図南の翼』が出るまで「十二国記」のことを知らなかった。あのとき知人が、それまでに出た全5部8巻(講談社X文庫ホワイトハート版)を送ってくれなければ、いまでも「十二国記」を未読のままであったかもしれない。なんと、きわどかったことか。

 どこで読んだのか忘れてしまったが、「十二国記」はあと長編1編で終幕を迎えると、以前作者が語っていたことがある。外伝の可能性までは否定しなかったので、その最終1編で完全に終わりになるわけではないようだが、とにかく長編はあと1作。というわけで読者はみな、『黄昏の岸 暁の天』以来の新作を待っていたわけだが、それが本書だ。なんとなんと全4巻2500枚で、どかーんと登場である。
 18年ぶりの新作が『黄昏の岸 暁の天』に続く物語で、舞台が戴になることは告知されていたが、まさか全4巻という大長編になるとは思ってもいなかった。読んでも読んでも終わらないのはホント、嬉しかった。
 18年前の『黄昏の岸 暁の天』は反乱の鎮圧に赴いた戴国の王、驍宗(ぎょうそう)が戻らず(戦場で斃れたとの報が届く)、戴国の麒麟、泰麒(たいき)も行方不明になるという長編で、つまり戴国には王も麒麟も不在になるという非常事態。その混乱を描く長編であった。戴の将軍、劉李斎が王と麒麟を探す物語で、麒麟のほうは決着がつくものの、王は依然として見つからず、というところで終わっていた。
 今回の『白銀の墟 玄の月』はその続編で、ということは戴国の王、驍宗を探す物語だということである。生きているのか驍宗。生きているならなぜ6年も現れないのか。もしかすると偽王阿選が幽閉しているのではないか。というわけで、李斎が全国を探しまわり、泰麒は戴国の偽王阿選に接近する。ついにとうとう18年ぶりに決着がつく!
 このあとが書けない。書きたいが書けない。書くことが出来るのは、この大長編が園糸という女性の哀しみから幕を開ける、ということだ。彼女は戴国の北東に位置する承州の出身で、承州北部は豪雪で名高い。その山間、懸崖にしがみついた貧しい里で生まれ、18のときに隣の同じように貧しく小さな里に嫁いできた。そこが戦乱に巻き込まれて燃え尽きたのが3年前。彼女の夫も里と一緒に燃え尽き、生まれたばかりの息子を抱き、幼い娘の手を引いて着の身着のままで逃げ出したが、里を失った母子を救ってくれる者はなく、それからはただ放浪している。その間、幼い娘は凍り付いて息を引き取り、いまは3歳になった息子と、今年の冬はどうなるだろうと空を見上げている。
『白銀の墟 玄の月』には、園糸を始めとして貧しい庶民が多く登場する。この長大なシリーズでこれほど貧困に喘ぐ庶民の姿が克明に描かれるのは初めてではなかったか。もともと戴国は北に位置する国なので、寒さが厳しい地だ。十分な衣服もなく、食べ物もなく、そういう地で生きるのは大変である。園糸はそういう庶民の象徴だ。
 国の混乱が続くことでいちばん困るのは彼らなのである。だから早く、王よ出てこい! というわけで、この『白銀の墟 玄の月』が始まっていくのである。  (12月号に続く)

 (きたがみ・じろう 文芸評論家)

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