書評・エッセイ

2019年12月号掲載

恩田陸『歩道橋シネマ』刊行記念特集

短編集はチョコレートの箱

恩田陸

およそ7年ぶりの短編集は作家・恩田陸の“最新型”にして“原点”だった。
短編集との出会い、そして、その魅力と真髄とは。

対象書籍名:『歩道橋シネマ』
対象著者:恩田陸
対象書籍ISBN:978-4-10-397112-2

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 まだ大長編を読む覚悟がなかった小学校高学年から中学校にかけて、文学への入口は専ら短編集だった。いっとき、新潮文庫の翻訳短編集ばかり追いかけていたことがあり、今も心に残っている。
 たとえば、アースキン・コールドウェル。苺の収穫に駆り出される季節労働者の若者たちを描いた短編。重労働の合間に、女の子のブラウスの中に熟しすぎた苺を投げ込み、ブラウスの上から叩き潰して真っ赤にしてしまう、という他愛のない遊びが流行る。その遊びを通して、刹那的な恋の瞬間を描き出す。
 たとえば、J・D・サリンジャー。少年野球チームのコーチが語る「笑い男」の物語。中国の山賊に誘拐され、宣教師である両親に身代金の支払いを拒絶された腹いせに、頭を万力でねじられ、引き伸ばされて世にも恐ろしい顔になった少年。罌粟の花で作った仮面をつけて生きる「笑い男」の物語の結末が、チームに飛び入りした美少女とコーチの別れとリンクする。自ら死に際にむしりとった仮面と、少女の消えた街角の電柱に引っかかった赤いティッシュの対比。
 たとえば、アラン・シリトー。恐ろしく不器用な夫婦が、互いを思い合っているのにそれを口に出すことができず、すれちがいを繰り返し、とうとう別れてしまう。夫は目に見えない誰かに向かって告白する。今も胸に迫る幕切れの一節。
 はい、愛していました、とおれはそこで答えるんだ。でも、おれたちは二人とも、愛のために何もしなかった。だから、いけなかったんです。
 たとえば、O・ヘンリ。あの有名な「最後の一葉」を、私はミステリーとして読んだ。あの決して落ちない葉っぱは、描かれた絵だった! 単純だが、実に効果的なトリックではないか!
 このあたりから、私はやっぱりミステリーが好きなんだなと気付き、サキやポーといったミステリー色の濃い作家に向かっていく。
 そして、私の嗜好を決定づけたのは、早川書房から出ていた「異色作家短篇集」のシリーズだった。
 ロアルド・ダール、ジャック・フィニイ、レイ・ブラッドベリ、フレドリック・ブラウン、ロバート・ブロック、ジェイムズ・サーバー、リチャード・マシスン、ロバート・シェクリイ、シオドア・スタージョン、ダフネ・デュ・モーリア、シャーリイ・ジャクスン、などなど、名前を挙げているだけで懐かしく、あれやこれやと数々の短編が蘇ってくるし、私が現在書いている短編――特に、これまで新潮社さんから出していただいてきたノン・シリーズの短編集は、皆この作家たちから受けた多大な影響と、その系統の中で書いているのだなあ、と改めて気付かされた。
 この中にはSF作家と呼ばれている人も多く含まれているが、こうしてみると、私の真の好みはスタンダードなミステリーでもストレートなSFでもなく、どちらかといえばジャンル越境的な、かつて「奇妙な味」と呼ばれたものがど真ん中ストライクなのだ。
 今回、七年ぶりにまとめた『歩道橋シネマ』は、これまでよりもミステリーやホラー色の強いものとなっているので、ますます「異色作家短篇集」っぽくなっており、まさにかつて影響を受けたものへの「先祖返り」となった気がする。
 短編集というのは、いろいろなチョコレートの入った箱に似ている。同じメーカーの製品なので、どこかに統一感があるけれど、味も形もさまざまで、時々変わったものも入っている。どうかそれぞれの味をお楽しみいただき、願わくば、どれかが心の片隅にでも残ってもらえたら嬉しい。

(おんだ・りく 作家)

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