書評・エッセイ

2019年12月号掲載

恩田陸『歩道橋シネマ』刊行記念特集

裏切られる快感――名手の十八問

大森望

対象書籍名:『歩道橋シネマ』
対象著者:恩田陸
対象書籍ISBN:978-4-10-397112-2

 私事ですみませんが、先週、中学三年生の長女から「国語の模試でこんなのが出たよ」と業者テストの問題用紙を見せられた。課題文は母と子の対話劇で、「叙述トリックってなに?」と子どもに訊かれた母がこんな例を出す。いわく、父親の墓参りに行く途中で交通事故に遭った怪我人が病院に搬送されてきた。緊急手術が決まり、手術室に入った外科医は、患者の顔を見るなり、「ああ、わが子よ、なんてことだ!」と叫ぶ......。この話を聞いて、「不思議だなあ。怪我人の父親はもう亡くなってるのに」と訝しむ我が子に対し、母は、それは"思い込み"のせいよと答える。
 ミステリ読者なら、「はいはい、初歩的な性別誤認トリックね」と即答しそうだが、これは業者テストなので、ちゃんと選択肢が用意されている。①実は父親は死んでいなかった、②外科医が嘘の独白をしていた、③外科医は患者の母親だった――と来れば、とりあえず想定される正解は③か。しかし驚いたのは、最後にもうひとつ、④手術室はこの世のものではない――という選択肢が用意されていたこと。えっ、なにこれ、ミステリかと思ったらファンタジー(または超自然ホラー)だったの!? みたいな衝撃。ひっかけにしては気合いが入り過ぎというか、小説としてはこっちのほうが面白い。いや、これが恩田陸なら、四つの選択肢のどれを選んでも、きっと切れ味鋭い短篇を書くだろう。そう思いながら、本書のゲラを読んでいた。
 この『歩道橋シネマ』は、『図書室の海』『朝日のようにさわやかに』『私と踊って』に続く、著者にとって七年ぶり四冊目となる(連作を除く)短篇集。〈小説新潮〉に発表した十一篇を中心に、全十八篇が収められている。
 SFもファンタジーもホラーもミステリも青春小説も自由自在に書き分ける多彩な小説技術の持ち主なので、どんな話になるのか、書き出しからはまったく想像できないのが特徴(著者自身にも予想できない場合があるらしい)。
 たとえば、「楽譜を売る男」は、コンサートホールで四日間にわたって開かれる弦楽器のイベントの期間中、ロビーに楽譜を並べて売っている白人男性についての物語。彼は、いくら客が来なくても、ただじっと楽譜の前の椅子に座ったまま、スマホを見ることもなく、泰然自若と過ごしている。雑誌の取材でこのイベントに通っていた"私"は、"彼"がいったいどういう人物なのか推理し、妄想の翼を広げはじめる。ある意味これは、本格ミステリで言う"日常の謎"の変奏だが、はたしてその真相は?
 あるいは、地方都市の銀行で起きた立てこもり事件を描く「ありふれた事件」。六時間後、警察が突入して犯人は取り押さえられたが、客の一人が男に胸を刺されて死亡した――という、題名どおりのよくある事件だ。しかし、現場に居合わせた人々の証言を付き合わせてみると、どこかおかしい。被害女性はなぜ他の人質に囲まれるようにして倒れていたのか? そもそも彼女だけがどうして急に刺されたのか? なかなか見えてこない事件の核心部分に光があたるとき、思いがけない光景が浮かび上がる。
 どの話も読者の"思い込み"を巧妙に利用していて、こういう小説だなと決め込んでいると見事に足をすくわれる。
 かと思うと、第三短篇集『私と踊って』の表題作と同じくダンスをモチーフにした「春の祭典」では、高校時代に見た一瞬のシーンが鮮やかに描写される。語り手の「私」は、地方の進学校に通っていた頃、いまや世界的なバレエダンサーとなった「彼」と同級生だった。学校時代の「彼」が踊るところは見たことがないが、一度だけ、放課後の教室で、「彼」が"踊り出そうとしている気配"を感じたことがある。いわく、〈「彼」が頭上に手を振り上げた瞬間、「彼」がすうっと空中に浮かびあがったような気がした。/同時に、私の身体も一緒にふわりと持ち上げられたような気が、確かに、した。〉高校時代に一瞬だけ触れた魔法の瞬間(シオドア・スタージョンの言う"不思議のひと触れ")を軸に組み立てられたこの短篇は、わずか十二ページの中に"青春"を("春の祭典"を)封じ込める。
 巻末のあとがきには例によって各篇の成立事情が触れられていて、それ自体がもうひとつの"答え合わせ"のように楽しめる。学校を卒業してひさしい読者も、出題の名手が腕によりをかけて作成したこの十八問に挑戦して、驚きの感覚を味わってみてほしい。

 (おおもり・のぞみ 書評家)

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