書評・エッセイ

2019年12月号掲載

誠実に仕事をすることはまだ可能だ

島田潤一郎『古くてあたらしい仕事』

津村記久子

対象書籍名:『古くてあたらしい仕事』
対象著者:島田潤一郎
対象書籍ISBN:978-4-10-352961-3

 年に三冊、二五〇〇部の本を作れば、ぼくと家族は暮らせますよ、という話を島田さんから直接うかがった時に、とても感動したことをよく覚えている。わたしとしては訊きにくい話題だったのだけれども、島田さんはあっさりと答えてくれた。事業の話は、ネットで語られていることはもちろん、対面でもあまりに個人の固有の生き方や方法論の話でありすぎて、他の人への応用が利きにくいのかなと思い始めていた矢先のことだった。要するに模倣しにくくて、普遍性を探しにくい。事業主個人のエネルギーの物語に収束してしまうことが多い。それはそれでおもしろければいい(というか事実ならおもしろくさえなくてもいい)かもしれないけれども、わたしはどこかで、もっと自分やほかの同年代の人たちに当てはめて考えやすい具体的な話を探していた。そこに気負いなく具体例を提示してくれたのが島田さんだった。
 この本でも、島田さんはとても具体的に、自分はどういう来し方の人間で、なぜ出版社をやろうと思い立ち、どういうふうに運営しているか、ということを語ってくれる。たとえば、島田さんが夏葉社を設立するきっかけになったのは、島田さんと年の近い従兄を亡くした叔父さんと叔母さんに、ヘンリー・スコット・ホランドという神学者の詩を一冊の本に仕立てて贈ってあげたかったからだという。島田さんは、叔父さんや叔母さんと同じような境遇の人にも本が届いたらと思い、始めは友人の編集者にそれを頼んでいたのだが、なかなかうまく進まないので、自分でやろうと考えて夏葉社を造ったそうだ。
 島田さんが起業すると同時に作った事業計画書の「事業目的」は、以下のようなものだ。「何度も読み返される、定番といわれるような本を、一冊々々妥協せずにつくることによって、長期的な利益を確保する。そのために、会社を応援してくれる本屋さんを全国に一〇〇店舗開拓し、それらの店を重点的に営業していく」。感心するのは、この開拓する「一〇〇店舗」という数字に、ちゃんとした根拠があることだった。島田さんは三〇歳の時に一年ほど教科書の会社にいて営業をしていたのだが、その時に担当していた高校がそのぐらいだったという。そしてその店舗を、北海道から沖縄まで自分の足で回り、きちんとした人間関係を築いて、その上で本を売ってもらう。どの書店を回るかについては、ある出版社のホームページにあがっている書店リストを参考にしたことまで、島田さんは語っている。
 自分の仕事を静かに解体し、その意味や意図について一つ一つ明快に説明してくれる島田さんの言葉に、わたしはいつのまにかとても勇気づけられていた。こんなに地に足を着けて出版社の経営のような難しい仕事をして、それを誠実に語ってくれる島田さんのようなパーソナリティの人がしっかりやっていけるのなら、自分もまだやれるかもしれない。
 他の人がちゃんと生きているなら、自分もなんとか身を正して生きていけそうな気がすると思うようなことはある。でもそう思うには「ちゃんとしている」ことに普遍性がなければいけない。「この自分だからこそできた」という目配せは、その普遍性を濁らせる。一方で、驕らない、自分のエネルギーに依存しない、そして細部を明確にする島田さんの仕事の語り方には、誰もがそれぞれの人生に応用できるのではと思えるような強い普遍性がある。この本は、必ず誰かの心をしっかりと支えるはずだ。あとがきで島田さんが語っている息子さんへの「学校に行き、落ち込んでいるクラスメートがいたら、その人のそばにいてほしい。会社に行き、なにかに思い悩んでいる人がいたら、その人を食事に誘ってあげてほしい。そういう大人になってほしい」という言葉は、そのままこの本の在り方を示している。本書は、落ち込んでいる時にそばにいてくれて、仕事で悩んでいる時に「まあごはんでも行こうよ」と言ってくれるような本だ。
 本を薦める時に、あまり対象を限定した物言いをすべきではないと思うのだけれども、この本は例外的に、一九七八年生まれのわたしや、一九七六年生まれの島田さん自身と年の近い人に是非読んでほしいと思う。本書は、ロスジェネとか氷河期と勝手に名付けられた、社会の上の階層にいる心の冷たいおじいさんやおじさんたちの過失によって作り出された一つの世代の苦しみに伴走する。たとえ時代に損なわれるようなことがあったとしても、自分たちは誠実であることができるし、地道な努力を重ねながら、やりたいことだってできるということを、この本は信頼させてくれるはずだ。

 (つむら・きくこ 作家)

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