書評・エッセイ

2020年1月号掲載

公文書の声に耳を傾ける

名越健郎『秘密資金の戦後政党史 米露公文書に刻まれた「依存」の系譜(新潮選書)

牧原出

対象書籍名:『秘密資金の戦後政党史 米露公文書に刻まれた「依存」の系譜(新潮選書)
対象著者:名越健郎
対象書籍ISBN:978-4-10-603850-1

 冷戦終結による社会主義体制の崩壊の後、旧ソ連では共産党やKGBの文書公開が進んだ。また世界的には、「透明性」を標語とした行政改革によって、情報公開制度が整備され、各国で公文書管理制度も充実していった。日本でも情報公開法が1999年に、公文書管理法が2009年に制定された。その後、民主党政権は、岡田克也外相のイニシアティブで外交文書の公開を積極的に進めた。そうした制度が定着しつつあるからこそ、第二次以降の安倍晋三政権が森友問題・桜を見る会の問題で公文書を改竄・廃棄したことが明らかになると、大きな批判を招き、公文書のあり方が大きな政治問題となったのである。
 本書は、長らくワシントン、モスクワでの駐在経験のある著者が、両国政府や諜報機関の文書を丹念に収集し、とりわけ自民党が結党し、その長期政権が始まった1955年以降の戦後政治の中で、アメリカ・ソ連による自民党、民社党、共産党、社会党への資金提供の過程に迫る力作である。米ソ冷戦が激化する中で、両国の政府が諸外国の政党に秘密裡に資金を提供していたことはすでに広く知られており、日本についてもアメリカから自民党・民社党へ、ソ連から共産党・社会党へそうした資金が送られていたことも明らかになっている。
 だが、多くの論説が、特定の国と特定の政党に絞った議論にとどまっているのに対して、米ソ双方の文書館を渉猟した著者は、戦後の見取り図を総体として描き出そうとしている。そのため、本書から、両国政府がいつ、どのように各党に資金を渡していたかが、浮かび上がってくる。
 そしてまた本書の魅力は、秘密資金の授受をめぐる会談内容を記した公文書の紹介である。それにより、両国政府と資金提供を求める政治家たちの息詰まるやりとりを触知することができるのである。資金を無心する佐藤栄作、川島正次郎、袴田里見、そして党勢が行き詰まり哀願するように振る舞う社会党政治家たちは、オモテのメディアが報ずる姿とは、趣を異にする。様々な政治家の「ウラ」の顔をのぞき見ることができるのだ。
 ただし、著者も認めるように、資料が語る内容には自ずから限界があり、米ソ両国が一定の秘密資金を渡しているということまでは判明するものの、その時期・総額といった全貌が明らかになるというわけにはいかない。やはり、資金の授受という交渉過程に、その時期の政治状況を重ね合わせて読むことで、政治史のひだを読み取ってみることが、本書を読む醍醐味である。
 1955年は戦後の政党史の画期である。分裂した左右両社会党の統一と自由党・民主党の合同による自由民主党の誕生は、いわゆる55年体制の成立をもたらした。さらに、共産党もこの年に、六全協の場で武力闘争路線を放棄し、宮本顕治ら国際派が主導権を握った。その後の戦後政治の基本的な政党間対立の原型が形成されたのである。とはいえ、この時期には、いまだ自民党が長期政権を担うという展望が広く行き渡っていたわけではない。1956・59年の参議院選挙、1958年の衆議院選挙では、どれほど社会党が伸張するかが注目され、自民党の側も必死にこれに対抗しようとした。この対抗関係にこそ、アメリカが自民党への資金提供を積極的に進めた原因がある。1959年の参議院選挙後、社会党から西尾末広派が脱党して翌60年に民社党を結成すると、ここにもアメリカの資金提供が及ぶ。共産党も、新しい体制として出発した1955年は、他の年よりもソ連からの秘密資金の額が一桁多い。
 そして、1960年代の高度経済成長の中で、徐々に共産党がソ連からの自主独立路線へと舵を切る一方で、社会党がソ連に接近した。社会党は、民社党の分裂後党勢が停滞する時期に、ソ連からの秘密資金を積極的に受け入れるのである。
 このように、かつては冷戦構造が国内政治に反映し、秘密資金を受け取ってでも、より多くの議席を確保しようとするという熾烈な政党間対立があった。そして冷戦終結後の今、政治的対立は、市民からの監視のもとでの言論戦に変わった。そのとき過去の負の遺産をどう受け止めるのかが問われる。公文書管理制度の整備が十全とは言いがたい日本は、これからも長い時間をかけて、ポツポツと発見される文書から、過去と向き合っていかなければならない。過去を語る文書が現在の政治の輪郭を作っていく。本書はそうした営みの一つである。

 (まきはら・いづる 東京大学先端科学技術研究センター教授)

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